第2話 いつでも別れは突然で

「帰るって、いつ? 何日の何時何分?」


 地球が何回回った時? と続きそうな勢いをなんとか抑えつけたものの、私の目は縋るようだったことだろう。

 ノイバスティは首を反対側にぐらりと傾げ、テレビで学んだのだろう地球人的考える仕草をした。


「乗って来た宇宙船のバッテリー、そろそろ切れます。その前に旅立たねば」


 車と一緒なの? しばらく乗らないと動かなくなっちゃうの?

 さすがに『バッテリー』とはノイバスティが日本に存在する似た言葉に変換したものだろうから、完全同一な仕組みではないのだろうけれど。


「その宇宙船って、どこに隠してあるの? 見つかって通報されたり壊されたりしてないかな」

「問題ありません。ここに収納してあります」


 そう言ってお腹を指さした。

 万能過ぎないか、そのポケット――いや、蓋。

 やはり四次元がそこに広がっているとしか思えない。


「……ええと、コンパクト化できるのね。すごい技術だわ」

「いえ、どうせ私たちは液体なので、宇宙船は最初から携行サイズです」

「それもまたすごい技術ね。そんなサイズでエンジンとかエネルギーとかどうやって載せてるのかしら……」

「それは星外秘です」

「ですよね」


 社外秘ですみたいに言われてもスケールが違いすぎて深刻さが並べられない。

 あと、さりげなく液体と自称するのはやめてほしい。

 今私が何を相手に話しているのかわからなくなる。


 しかしそういえば体のサイズを変えられると言っていたのは、今の体が人間に恐怖を与えないためのダミーであって、実体は液状スライムだったからか。

 いまさらピンときてもだいぶ遅いのだが。


「帰るってことは、もう地球の調査は済んだの?」

「はい。ここにいるだけで、テレビで何でも知ることができました。他の国の事も。ボンジュール、ハロー、アーユーボーワン」

「すごいわね。でも最後のは何語?」

「シンハラ語です」

「いや、どこで覚えたの? さすがにテレビじゃやってないでしょ」

「最近はラジオの聞き方も覚えました」


 ラジオ講座でシンハラ語?

 確かに国営放送でも幅広い言語講座をやっているようだけれども。

 そしてシンハラ語はどこの国の言葉?


 しかし、ノイバスティはこれだけ幅広い知識を吸収できたわけだが、そのことを考えると地球側も星外秘にしなくていいのだろうか。

 別に防衛上の機密情報というわけではないけれど、それらの情報がどう扱われるのか、宇宙のことはわからない。

 ノイバスティの星は侵略してこないとしても、他の星に流れてしまった時に困ることもあるかもしれない。

 人間のふりをして入り込まれたら成すすべもないのではないだろうし、それがノイバスティのように友好的潜入ならまだしも、侵略を狙われていたら?

 そんな私の不安が伝わったのか、ノイバスティは安心させるように「大丈夫です」と頷いてみせてくれた。

 いや、頭の重さのせいで『ガックリと』というほうが近いくらいの勢いがあるのだが。


「他の星の情報は、我が星にとっても星外秘として扱われます。情報は金だとテレビも言ってました。大事に集めたものですから、他の星にはあげません」

「そう、それならいいんだけど」


 いや、いいのか? ノイバスティの星に伝わったとしても問題はないのだろうか。

 しかしノイバスティが持ち帰らなくても、いずれ他からもたらされるだろう。

 この星に入り込みさえすれば情報はどこででも日々垂れ流されているのだから。


「守は、お見送り、来てくれると言っていました。お母さんは?」

「それは……」


 行きたいけれど、ここまで息子に黙って交流してきてしまったのに、いまさら私も知ってました、だから最後は一緒に見送らせてくださいとはさすがに言えない。

 だがここまでお世話になったのだ。どうやってでもお見送りはしたい。

 それに正直、宇宙船も見たいし、それが飛ぶところも見たい。

 怖いもの見たさでノイバスティの真の姿も興味がある。


「ええと、少し離れたところからこっそり見送るわ」

「わかりました。では、それまで、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくね。――で、いつ旅立つの?」

「今日です」

「急!!」


 まさかの、突然すぎる別れだった。

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