第3話 息子が語ってくれたこと
確かに体育祭で足を引っ張っちゃったことはみんなに申し訳なかったなって思ってる。
だけど、そのことはもうみんなにも謝ったし、それ以外で僕のトロさが誰かに迷惑をかけてることなんてないはず。
もちろん、僕自身がうまくできなくて損してるところはあるけど、それはみんなには関係ない。
友達に言われてそう思えるようになって。
そしたらなんか、吹っ切れたんだよね。
それから、クラスのみんなにも気後れしないで話せるようになった。
ちゃんと笑顔で話そう。僕は僕のままでいいんだって、自信を持とう。
そう思えるようになったのも、友達のおかげなんだ。
そのうち、クラスのほとんどの人が、体育祭のことを責めてごめんって言ってくれるようになった。
他の競技でもビリになった子はいるし、すごく足が速いのに転んで順位が落ちた子もいて、それは団体競技で、勝負事なんだから、当たり前だって。みんなで助け合って勝ちを目指すものであって、僕一人のせいじゃないって、あのあとそれぞれに考えてくれたみたいなんだ。
それを聞いて、すごくほっとした。
自分でそう思ってはいても、やっぱりみんなにはっきり言ってもらえるのは違うから。
それがあってから、トロい自分のことも自分で許せるようになった。
得意なことで頑張ればいいって思えるようになった。
すっごく生きるのが、楽になったんだ。
だから、谷口くんが僕を馬鹿にしてきた時も、はっきりと「そういうのやめて」って言うようにした。
最初、谷口くんはすごく驚いた顔をしてたけど、「はあ?」ってまたニヤニヤした。
それからも谷口くんは変わらず言ってくるから、その度に僕もはっきり言い返した。
そのことで僕が谷口くんに迷惑をかけてる?
トロいと何がいけないの?
みんなに欠点があるように、僕は少し人よりトロいだけ。それは許されないことなの? みんなの前で馬鹿にされているのに、黙って聞いてなきゃいけないことなの?
おまえもやればって言われても、僕は同じことはしないよ。谷口くんの欠点をみんなの前で責めても、僕には何もいいことなんてないから。
それだけ言っても谷口くんはやめなかった。むしろ、どこか必死に見えた。
だけど僕はもう伝えるべきことは伝えた。
だから最後に言ったんだ。
『そういうの、僕にとっては何の意味もないよ。あってもなくても同じだから、今後はリアクションしない』
谷口くんはものすごく怒った顔をしてた。
それからは、谷口くんに嫌なことを言われても相手にしなかった。そうしたら今度は谷口くん、無視するのは悪いことだ、いじめだって主張するようになったんだ。
今考えると、僕がみんなに『いじめられてダメージを受けている』ように見えなくなったから、今度は『いじめをする悪いやつ』ってことにしてみんなに自分を守らせようとしてたのかもしれないね。
そんなことはその時の僕にはわからなかったから、僕は「何故正当防衛が刑法に定められているか、わかる?」って聞いたんだ。
谷口くんは眉に皺を寄せて睨んだだけだった。
「僕は、僕が害されるために谷口くんの相手をしなきゃいけないなんて道理はないと思う」
そう言ったら、谷口くんはむっとした顔のまま黙って目の前からいなくなった。
だけど、まあ、それで納得したわけもないよね。
谷口くんには谷口くんの動機があって、それが一つも解決してなかったんだから。
それで、昨日のホームルームの後、帰り道を高橋くんと一緒に追いかけてきて、僕に言ったんだ。
おまえはトロいからみんなに迷惑をかけている。そのせいで体育祭だって負けたんだ。
そんな奴がヘラヘラ笑ってるのを見ると腹が立つ。
笑うな。他の奴らと喋るな。楽しそうにしてるんじゃない。
縮こまって隅っこで生きてろ。
大きな声で、叫ぶようにして、谷口くんは僕を睨んだ。
その時は、また同じことを言ってる、それだけ体育祭で負けたことが悔しいんだろうなって思ったんだけど。
僕を責める理由が欲しかったんだね。だからトロいから迷惑だってことに拘ったんだ。それしか見つからなかったから、それを言うしかなかったんだ。
どうやっても僕が谷口くんをいじめているようには見えない。誰も庇わない。だって、今までそれをしてきたのは谷口くんだから。
だからやっぱり最初の作戦に戻らないといけなくて、僕がきちんとダメージを受けているように見えないと、谷口くんは周りを威圧するどころか侮られることになるから、必死だったんだ。
今はそうわかったけど、それを聞いた時は、なんかもう、笑いたくなっちゃってさ。
僕はきちんと反論してるのに答えないままで、ずっと同じことしか言ってない。またそれなの? って。
しかも誰ももう僕を責めたりしてないし、谷口くん個人が不快だって言ってるだけ。なのに、なんで僕がそれに従わなきゃいけないの? って思った。
僕だって谷口くんに不快にされててお互い様なのに。
みんなに「もうやめなよ」って言われてるのに、やめることができないのは、何でなんだろう。
そう思ったから、言ったんだ。
『確かに僕がトロいことでたくさん迷惑をかけたかもしれない。だけど今クラスの雰囲気を悪くしてるのは、僕なのかな? ほとんどの人は僕を許してくれた。みんなは誰とでも平和に楽しく喋ってる。僕とも、谷口くんとも。だけど谷口くんが僕の悪口を言い出すと、クラス中がしーんと静まる。それでも僕の悪口を言わなきゃいけないのはなんでなの?』
それは僕が思ったままの、素直な気持ちだった。
だけど、それが谷口くんの何かに触れたみたい。
いきなりカッと怒った顔になって、僕を殴ったんだ。
僕も言い過ぎたなとは、後になってから思った。
だけど、後悔してるのは、たぶん谷口くんのほうだと思った。
倒れ込んだ僕を見下ろして、口がガクガク震えてたから。
何か言おうとして、だけど何も言えないみたいで、そのまま走ってどっかに行っちゃった。
高橋くんは心配そうにずっと見守ってたけど、僕に「ごめん!」って一言いうと、谷口くんを追いかけていった。
それが昨日のこと。
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