第2回『危機一髪』参加作品

「ふーう、危機一髪」

と、兄が額に汗を光らせて、中華鍋片手に床のチャーハンを見ながら微笑んだ。


「え、重大事故の間違いじゃん。つか、あたしの昼飯どうなってんのそれ」


 両親の居ぬ間に居間で65インチ大画面ゲームに興じていた妹は、間もなく到着予定だったはずのかぐわしいチャーハンの残骸を見て虚無になる。


「お前だけのじゃない。俺の昼飯でもある」

「うるせー聞いてねー、お前は残飯でも食ってろ」


「お、一触即発」

「じゃねーよ! いったいなんの危機を髪の毛一本分たがえて回避したら、そんな大惨事になるんだよ」


「まー、それがですね奥さん聞いてくださいよ」

「まず鍋を置いて床片付けろよ」


「聞いたじゃない! 理由を! お兄ちゃん悲しい!」


 兄の嘘泣きに、妹はコントローラを放り出してキッチンへ歩み寄ると、通り過ぎざまにテーブルからスプーンを取って床にしゃがんだ。


 上澄みを掬って食べる。


「あー、サキちゃん汚いんだー」

「うま」


 兄の飯はいつでもうまい。それを聞いた兄もたまらず匙を取る。


「俺も食お」


 バカな兄妹きょうだいが、床を皿にチャーハンを食う。


「で?」

「え?」


「なにがあったんだよ」

「あー、最近俺、鍋振り覚えたでしょ?」


「知らんし」

「楽しくって振りまくってたら……」


「投げた?」

「ううん。違うの、ニャンちゃんがね……」


 ニャンは家のアイドル的猫だ。元野良で、ちょっと顔の曲がったキジトラの雌。推定二歳。


「俺の鍋さばきにつられてテンション上がったのか、シンクに飛び乗ってきて、切って出しっぱにしてた長ネギのニオイ嗅いでたから、あぶない! って思って……」


「投げた?」

「どうしても投げさせたいのか。投げてはいない。危ないって思って振り返ったらニャンがすっごい驚いて走って逃げちゃってさ、脅かすつもりはなかったんだよ! って後を追いかけたら鍋持ってるの忘れて、床に捨ててた」


「バカすぎじゃん」

「でもニャンちゃんはネギ食べなくて済んだし、素足の上に熱々チャーハン落とさなかったんだよ!」


「すごーい、危機一髪」


 そろそろが見えるので、二人ともスプーンを止める。


「オカン帰ってくるまでにピカピカにしないと、また怒られるよ」

「うわーん……、サキちゃん、なにをどうしたらいい……?」


「お前はそこのボウルにチャーハンを集めて、コンポストに入れてこい」


 兄はメソメソしながら庭へ。妹は床をセスキスプレーで拭いた。

 証拠隠滅完了。


——ニャーン……


 あとはニャンが黙っていてくれることを願うばかりだった。


 

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