第1回『スタート』参加作品

コメディ/高校生


**


「スタート」

 教科担当の合図と同時に、鉛筆を走らせる音が響き出す。

 授業前の小テスト。スピード勝負の三本勝負。

 一様に濃紺に包まれた生徒たち。見慣れたいつもの顔ぶれも、その瞬間に表情を変える。

 本戦たる期末試験のための腕試し。微塵も気を抜くわけにはいかない。

 テスト用紙との一騎打ちの始まりだ。


 スタートを切るや、忘れず書かねばならないのはもちろん名前。

 僕は一心不乱に氏名欄を埋めていく。


『鷹庭鷺祥慈郎』


 いや画数多すぎだろ!

 『鷹』書いている間に『田中一』なら二問はいくぞ!


 そうだよ。こんな小難しい苗字なんだから、せめて名前は『はじめ』とかにしてほしかった。『大』なら読み方は〈だい〉でも〈ひろし〉でもいい。『了』や『丈』ってのもいいぞ!


 この際ひらがなで書いてやろうと思ったこともあったが、それはそれで『たかにわさきしょうじろう』だ。画数では確かに圧倒的に優位だが、なかなかに長い。


 それに常に学年トップ3の成績の僕が、『鷹庭鷺祥慈郎』ごとき書けないなどという誤解を与えたくもない。


 『鷹』も『鷺』も僕の手にかかれば、今にも飛翔せんばかりの美しさで紙面に現れるのだ。


 どうだ見ろ!

 これが鷹庭鷺祥慈郎の『鷹庭鷺祥慈郎』だ!


「はい、そこまで。次のプリントを配ります」

「あ……」


 やってしまった。

 答案用紙は白いまま、無情にも次戦のスタートが切られるのだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る