探偵に愛を
ナルナル
第1話
鳴海
高そうなバーバリーのコートを畳んで膝の上に置く目の前の美しい女性。
髪型はボブで化粧は控えめ、二重瞼に切れ長の瞳、肌は透き通るように白い。
一瞬マネキンが事務所に入ってきたかと思った。
しかし、その後ろに隠れるように小学1、2年生くらいの男の子がついてきている。
俺は二人に黒い皮の長椅子を勧めるとアルバイトの女子大生 美久ちゃんがすかさず女にドリップコーヒーと横に座る子供にヤクルトを差し出した。
女の素性は旧姓 飯島瑠美 32歳。青森の建設会社の社長夫人ということでホームページを拝見すると旦那さんが社長挨拶のページに写っている。
かなり良いもの食べてそうなお腹だ。会社も200人以上雇っていて順調そうである。そして隣りでヤクルトをおかわりしている子供は飯島瑠美の姉である
久太郎が美久ちゃんに"宜しく"と言うとバイトの美久ちゃんが乃亜くんを部屋の奥のテレビの前に連れて行き桃鉄の仕方を伝授し始める。
久太郎「今日はわざわざ青森からですか、それでどういったご依頼を」
瑠美「あの子を守ってほしいんです」
久太郎「誰から?」
瑠美「母親の咲が乃亜を連れ戻そうとしているんです」
久太郎「なるほど、警察には相談されたましたか」
と言ったが言葉を遮られ、
瑠美「咲は昨年亡くなっているんです」
久太郎は瑠美の真剣な眼差しに何も言えなかった。
瑠美「昨年1月の吹雪の日に重度の鬱状態になった姉は気が触れて深夜、八甲田山に入っていったんです。普通の人間は20分もすれば確実に凍死します」
「彼女は夫が失踪し、精神を病んで子供の親権が無くなったことを苦に自殺したんです」
「咲の夫だった修也という男は青森の警察官だったんですが、ヤクザから賄賂貰ってて、、、それがばれて行方が分からなくなってしまって」
「うちは両親も早くに亡くしましたし、私達にはまだ子供がいないので乃亜は私達が当分預かろうって夫と話してうちで一緒に暮らしていました」
「しかし、先週日曜日の深夜2時ごろベランダで物音がしたんでカーテンを開けてみると真っ白な咲が立ってて、、、」
「瑠美、1月になったら乃亜を迎えにくるわって言ったんです」
久太郎「それは咲さんが幽霊になって帰ってきたってことですか?」
瑠美「いいえ、幽霊ならお祓いとか方法があると思うんですが、、、」
「あれは雪女です」
「青森では八甲田山に円を描くような粉雪が降る晩に山奥に入っていくと雪女になるって言い伝えがあるんです」
久太郎「まさか、この現代に」
瑠美「そうですよね、どこに行って相談しても誰も信じてくれなくて、こちらは法律の範囲内なら何でも引き受けていただけるって知り合いから聞いたので、、、」
「さすがに信じられませんよね」
瑠美は下を向いて悲しそうな溜息をついた。
探偵と言っても個人でやってる弱小の事務所は半分は何でも屋と同じで仕事が無いと直ぐに家賃も払えなくなる。
それに、まだ迷子になった猫の捜索よりマシかもしれない。しかし、こんな対処の仕方が分からない話をほいほい受けていいものか
久太郎「いや、信じないわけではないんですが、その話が本当だとして、どうやって乃亜君を守ればいいか検討つかなくて」
苦し紛れの言い訳も出てきた。
瑠美「私にも分からないからここに来てるんです」
「1月まであと一ヶ月しかありません」
久太郎「雪女と話し合うって、、、無理ですよ、、ね」
一応聞いてみた。
「雪女は必ず目的を果たすと言われています」
「雪女は目的を達成するためなら人間の命も簡単に奪います。そして息を吹きかけられると かけられた人は凍死します」
久太郎「うーん、まだ死にたくないな」
瑠美「お金は心配しないで下さい。ご希望の金額をお支払いするつもりですし、手付金もご用意しています」
瑠美は鞄から銀行の帯がついた札束三つをテーブルに置き、久太郎は札束を2度見した。
バイトの美久ちゃんがお金の話になるとこっちを細い目で見る。心の中では悪魔が"やれ、やってしまえ"と囁くが天使も"危険過ぎだ"と囁く。
1分くらい天井を見て考えてしまった。
これはさすがに普通断るやつだが。家賃、別れたカミさんと子供への養育費、美久ちゃんのバイト代が頭の中で押し寄せ津波のように飲み込む。
目の前の札束の威力は絶大である。
久太郎「まぁ分かりました。やるだけやってみましょう」
予告された日までわずか1ヶ月しかなかったがネットで調べた結果は海外に逃げても、高層マンションに住んでも雪女には無意味らしい。
どこまでも追いかけてくるようだ。
何か防衛策が無いか青森の郷土資料館で昔の文献を調べてみたら過去にハンターが崖に追い詰めたことがあったようだが、口から吐く息はかなり遠くまで届くようでハンターを全員凍死させてゆうゆうと山に帰って行ったとある。
これでは銃も役に立たなそうだ。
俺は日々考えながら美久と青森に移動をした。
まず昼夜逆転の生活に変えて体調を整える。そして効果があるか分からないが2、3案も練って1月を迎えた。
年末から美久と青森のホテルを約1週間借りた。むろん、美久は俺とは別のホテルにしてくれと要望があり近くのホテルに滞在する。
正月は元旦から日が暮れ始めたら飯島家に通い朝日が昇るまで乃亜の隣の部屋で待機する。
さすがに同じ部屋だと乃亜は寝れないらしい。
5日までは旦那も単身赴任から帰省し、12時くらいまで一緒に見張ってくれたが6日以降は単身赴任先に行ってしまい私と美久だけで見張りを続けた。
飯島家は平屋の5LDKと大きい家である。乃亜の部屋は西側の3部屋並んでいる真ん中。右の8畳の部屋が私の見張り部屋になり左の部屋が瑠美夫婦の寝室だ。
1月20日土曜日、その日は朝から牡丹雪が降り続き高床式の飯島家でも雪で出れなくならないか心配なほどである。深夜1時半俺はコーヒーを沸かし椅子に座り香りを楽しみ少しづつ口をつけた。
そのとき突風で窓ガラスが"バンッ"と押されるような音がした。
ゆっくりカーテンを数センチ開けると粉雪が縦に円を描くように丸く回転し始めている。
まるでスターゲートみたい、と感心している場合でもなく。
とうとう来たかと右手を振って美久に知らせると美久は直ぐに段取り通り行動する。こんな時女性は度胸が座っている。
雪女の咲は粉雪舞う円の中心からこちらに真っ直ぐ歩いて来た。白い着物姿で髪はストレートのロング、目は吊り上がりカッと見開いている。また肌は死者のように白く唇まで真っ白なためこの世の者とは思えない。
その時人感センサーが反応して庭にあるLEDライトが一斉に光る。光の中を雪女は驚く様子も無く乃亜の部屋の前まで来ると閉まっているアルミシャッターに向け右手を前に出す。
するとシャッターの鍵が勝手に開きガラガラと大きな音をたてながら上に上がっていく。続いてアルミサッシの鍵も勝手に開くとひとりでにアルミサッシは横にスライドした。
久太郎は急いで隣りの乃亜の部屋に入るとぐっすり寝ている乃亜を抱きかかえる。
その時乃亜の部屋の左隣りの瑠美の寝室のシャッターもガラガラ大きな音をたてて開き、瑠美が出て来て
「お姉ちゃんもうやめて、乃亜をそっちに連れて行かないで」
と叫んだが雪女の咲は一瞬瑠美の方を向き小さく微笑むと正面を向いた。
「その子をこっちに寄越せ」地の底から湧き出るようなガラガラ声である。
久太郎「美久ちゃん!いまだ」
久太郎が叫ぶと同時に庭に1台の軽トラックが猛スピードで入ってきて前のめりに急停止する。
美久は走ってきた軽トラから軽快に降り、後ろに積載されていた檻の扉を開いた。
すると全身真っ黒な体重100kgクラスの熊が涎を垂らしながら飛び出してきて雪女に向かって突進していく。
事前に山から降りてきた熊を地元の猟師が麻酔銃で眠らせたやつである。
久太郎が猟友会から借りてきて檻に入れ空腹状態にしていた。
突然の熊の攻撃に雪女もたじろぐが後退りしながら口から凄まじい勢いで吹雪を吐くと
熊は急に減速し、雪女のぎりぎり手前でつんのめりカチカチに凍ってしまった。
まるで剥製のようになった熊を尻目に雪女の咲は正面に向き直る。
久太郎は雪女から放出される吹雪の威力に開いた口が塞がらなかったが、眠っている乃亜を抱いたまま壁のスイッチを押した。
「これでどうだー」
すると咲の立っている場所の床が"バタン"と言う音と共に下に開き落とし穴に咲は落ちた。
落ちたところは大量のスポンジが敷き詰めてあり怪我をすることはない。
しかし、上の床は直ぐに閉まり咲は落とし穴に完全に閉じ込められた。
すかさず美久は床の上に行き高野山のお札を貼る。
効き目があるかは二の次だ。
落とし穴の壁の一部は窓になっていて窓ガラスがあり、その向こうに部屋がある。そこに久太郎と久太郎に抱かれ寝てる乃亜、そして瑠美がやってきて瑠美は咲と目が合う。
なんだか気まずい雰囲気が流れるが、瑠美はそこにある椅子に腰掛け窓ガラス越しに咲を見続けた。
久太郎は咲が何も出来ないのを見届けると別の部屋に行き乃亜をベッドにそっと寝かせる。
咲は真上に吹雪を吐き出してみたが天井は頑丈でお札の効果もありピクリともしない。周りに出入り口もなく雪女は観念したのかスポンジの上に寝転びいつの間にか寝てしまった。
翌朝久太郎は11時過ぎに目を覚ました。家は朝から暖房が行き届き青森といえど快適な目覚めだ。
顔を洗って直ぐに地下室に行き落とし穴の窓を覗くと咲はまだ寝ている。マイクで繋がっていて中と会話出来るようになっているので
久太郎「もう12時ですよ起きないんですか」
と話しかけた。
スポンジに埋まって寝顔は見えないが、咲は横向きになるとゆっくり手をついて座った。髪は寝癖がついているが美しい顔立ちをしている。
「あれ、帰らなきゃ」
久太郎「どこに帰るんですか」
咲「山よ、八甲田山の中腹あたり」まだ眠そうでだるそうに答えた。
久太郎「もう乃亜くんは諦めてもらって良いですか」
咲「あっちで毎日すごい暇だし、福利厚生がしっかりしてるから連れて帰ろうと思ったんだけど」
「なんか、もういいかな」
久太郎「あれ、福利厚生ってなんか雪女の街でもあるんですか」
「あんまり言えないんだけど、きちんとした組合があって皆んな好きな人と暮らしたりしてるのよ」
「でも私は1人だからだんだん暇になっちゃって」
久太郎は心からその街が見てみたいと思ったが、依頼を優先しなければならない
「すみません、本当に乃亜くん諦めてもらってもらえるなら天井開けますけど」
咲「そう、それなら諦めて帰るから開けてくれる」
「もう変なガラガラ声とか出すの苦手だし」
「疲れたわ」
咲は眠そうに身体を伸ばしながら目を擦り久太郎を見ると
「あなたなかなか良い男ね〜、奥さんいるの?」
久太郎「えっ、あ、いや、妻とは別れたので今はひとりだけど」
咲「ほんと、ねぇじゃあLINEアドレス交換しよ」
久太郎「あ、いや、ターゲットの方とこういうこと出来なくて」
「それよりスマホ持ってるんですか」
咲「当然でしょ、ちょっと前までそっちで生活してたんだから」
「スマホは持ってくでしょ」
「今でもお金払ってるし」
お金さえ払えば継続出来るとは、世の中いろいろ不思議なことになってるようだ。
咲には乃亜を諦める代わりにLINE交換して山に帰ってもらった。
あっちでは風力やソーラー発電で電気は十分足りているらしく環境に優しい電力が充実しているらしい。更にインフラも整っていて結構快適な生活らしい。
これで解決したのか分からないが久太郎と美久は2月になり東京へ帰った。
だが、美久には言ってないがあれから毎日咲からLINEが来ている。なんか乃亜を連れて帰らなかったのを雪女の組合で長老達に長々と怒られたらしい。
咲曰く重度の鬱病を患ったのは瑠美の方だったらしくてなんか申し訳ない気がしてくる。
東京に帰ってから1週間が過ぎる頃俺はある不倫の証拠写真を撮影すべく新宿東口のホテル街に張り込んでいた。
依頼は関東龍神会のトップ
最近奥さんの行動が怪しいので絶対浮気していると睨んで俺の所に来たらしい。
まぁありきたりの話だが流石に日本有数の暴力団トップからの依頼となると普通の探偵事務所は受けないだろう。
俺も断りたくて仕方ないが、なにしろ金城は小学校、中学校が一緒で1番仲良かった男である。
中学では何かと俺を守ってくれた恩もある。この仕事が新宿で続けられてるのも彼のお陰といって十分さしつかえない。
一見してそれとわかる東新宿のホテルが立ち並ぶような所に本当に来るのか不思議だったが、夜8時に黒いトヨタアルファードが狭い路地をこっちに走ってくる。
俺は不審に思われないよう美久に前払いで特別ボーナスを支払って来てもらいカップルを装い、寄り添うようにして建物の影で鞄に仕込んだ高感度カメラを使用して撮影した。
金城からの情報通り車はホテルリップベルに吸い込まれるよう入っていった。
俺はデータをその場で確認し、任務が終了すると直ぐさま暗い道を美久と地下鉄に向かう。しかし、建物の角を曲がった瞬間5人の体格の良い男達に囲まれた。
「おっと、探偵さん何やってくれてんの」
「可愛いお姉ちゃんと二人ちょっと付き合ってもらえねえかな」
美久だけでも逃したかったが俺達は両脇を男に掴まれ暗い路地に逆戻りさせられる。
近くにある廃墟になっているホテルに連れていかれ暗い部屋に押し込まれる。
真っ暗な中、男達の持つ懐中電灯だけが灯りを照らしている。俺も美久もそこでガムテープで口を塞がれ、体もぐるぐる巻きにされると部屋の端にあるボロボロなベッドに二人とも突き飛ばされた。
「お前達ずいぶんな真似してくれたな」
「無事に帰れると思うなよ」
1人の男が俺の腹に強烈なジャブを3発打ち込む。
俺が声も出せず悶絶している横で他の男達は美久を手籠にすべく野獣のように瞳を輝かせる。
やっぱり美久を同行させたのが失敗だったと心から後悔した。その時、1人の男が
「まて、足音がする」と言う。
「まさか」
「この部屋は窓が板張りで灯りが漏れないから外からここにいることは分からんぜ」と引き攣った顔で答えた。
「若い奴らが肝試しかなんかやってるんだろう」
「おい、シンジ見て来い」リーダーらしき男が命令する。
懐中電灯を持って1人が部屋から出て行ったが直後に小さな呻き声がして人が倒れるような"どさっ"という音がした。
部屋の中に緊張が走り4人の内、1人の男が恐る恐るドアを開けて廊下に顔を出す。
「うわーーー」
その男は顔面蒼白になって叫ぶと腰を抜かして部屋の中に海老反りで転がる。
開いたままのドアがゆっくり開くと白い着物を着て目が真っ赤に血走った咲が笑いながら入ってきた。
単純にかなり怖い。
一般の人が廃墟で真っ白な咲を見るとさぞかし不気味だろう。
部屋にいた男達も恐怖に引き攣った悲鳴を上げて全員凄い勢いで後退りすると部屋の奥の壊れた扉を抜けバスルームに逃げ込む。
咲は一度久太郎にウインクしてから歩いてバスルームに向かい一気に口から吹雪を吐き出して男達を凍らせた。
久太郎と美久は咲にガムテープを取ってもらい二人とも解放されると咲に抱きついて喜ぶ。
「ありがとう、いつ来たんだ」
咲「今朝よ観光してたら遅くなったけど、間に合って良かったわ」
美久「あいつらは凍死させたんですか?」
咲「軽めにしといたから直ぐ溶けると思うわ、早く出ましょう」
二人は頷き廊下でまだ凍っている男を跨いで3人は廃墟を後にした。
あれからすっかり咲に懐いてしまった美久だったが大学の卒業論文作成のため後ろ髪引かれながら事務所を辞めた。
一方、咲は青森に帰らずそのまま俺のマンションに居着いてしまった。
咲は毎日俺に料理を作り、同じテレピを観て掃除、洗濯をして一緒に寝た。まるで昔から一緒にいるかのように自然で毎日が楽しい。
流石に服装は白い着物は目立ち過ぎるので白のジーンズと白いセーターとダウンで過ごしている。
なんだか毎日が全て輝いて見える。これが本当の愛ってやつか。
そんな昼下がりの2月20日、金城から電話がありこの前のお礼と俺達を襲った男達の正体が分かったとの連絡だった。
彼らは奥さんのボディガードをさせてた組みの若い連中と分かりその謝罪の電話だった。
因みに彼らは既に昔ながらのしきたりで反省させたらしい。たぶんじゃんけんすると分かるやつだ。
そして最後に金城はいつもの仕事を俺に依頼してきた。
2月25日、昼までに横須賀フェリーターミナルの5番のコインロッカーに鞄を入れるというだけの仕事だ。
間違いなく鞄の中身は怪しい。察するに白い薬か葉っぱの類だろう。札束かもしれない。
流石に俺も恐ろしくてバイトにでも代わってもらいたいが、金城から自分だけでやり切ることを約束させられている。
たぶん消されても悲しむ人が少ないからだろう
気温10度とまだ寒いが晴れ渡る横須賀を俺は銀縁メガネにマスクと簡単な変装をしてレンタカーで現場に向かう。
万一に備えて咲が同乗している。実際誰よりも頼りになるし。
駐車場に着くと俺だけが車から降りて小走りする。
コインロッカーまで普通に歩いて5分くらいの距離だが緊張で足が地面を踏んでる気がしない。
その辺に止まっている車から誰か飛び出してくるんじゃないか気が気じゃない。
コインロッカーに辿り着くと冬なのに背中を汗がつたう。
鞄をロッカーに入れ、小銭を入れると鍵を抜く。
ぎこちなく振り向いて小走りに外に出る。
歩きたくてもつい走ってしまう。
すると紺のスーツを着た丸刈りの男が正面を塞ぐように立ち
「兄さん何急いでるんですか」
来た、ついに来た。スーツに丸刈りが凄い違和感があるのに気づいてないのか?
この寒いのに肌も日焼けしていてサラリーマン感もゼロだ。。
俺はポケットの奥にあるコインロッカーの鍵を握りしめた。
丸刈り男は
「大変申し訳ないが、その鍵をこっちに渡してもらおうか」と卑屈そうに顔を歪めながら凄む。
後ろにも気配を感じて振り返るとフェリーターミナルから4人の作業着姿の男達が迫ってくる。
すると銀色のバンから3人のスーツ姿の男が降りてきて丸刈り男の背後に走ってくる。
さらに駐車場の方向から咲が心配して走って来た。丸刈りの男はズボンの後ろに刺していた銃を取り出し、俺に向ける。
「とっとと鍵を寄越せ」
3人のスーツ姿の男達も脇に吊るしたホルダーから銃を取り出し、警察手帳を取り出すと
「警察だ大人しくしろ」と真ん中の若い男が上擦った声で叫ぶ。
すると丸刈りも銃身を作業着の男達に向ける。作業着姿の男達は一緒ひるんだが全員ポケットから銃を取り出しスーツの男達に向ける。
俺と丸刈り男が向かい合い、それを挟むように作業着姿4名、スーツ姿3名と俺以外の男達は銃をいつでも発射出来るよう安全レバーを外している。
俺はヒリヒリするような緊張感に両手を上げる。
しかし作業着の男達の1人が痺れを切らして発砲するとそれを合図に一斉に銃弾が乱れ飛んだ。
俺は咄嗟に右に飛び跳ねたが右太腿を撃たれる。
爆竹の束が一気に破裂したかのような銃撃が鳴り響き、俺は恐る恐る顔を上げると作業着姿の男達は警察官を一掃していた。
丸刈りの男も作業着姿の男達に何発か撃たれて真横に倒れているがまだ息はあるようだ。
俺はすぐさま立ち上がったが作業着姿の男は防弾服を着ているようで銃弾を浴びながらも俺に銃を向ける。
その時咲が走ってきて作業着の男達に凄まじい吹雪を吐きだし一気に凍らせた。
「助かったありがとう咲」と言って咲を見ると
もう1人男が後ろから迫ってきて咲の背中に何発もの銃弾を浴びせ無惨にも貫通する。
最後に現れたのは金城だった。
金城は丸刈りに向かって
「やっぱりお前が裏切っていたのか修也」
そう言うと倒れている丸刈りに銃を何発か発射する。
咲は反動で前によろけながら振り向きざまに金城に息を吹きかける。
金城の銃を持つ右手は一瞬で凍り引き金が弾けない。
金城は信じられないといった顔をしたまま身体中が凍らされその形のまま倒れて凍死した。
咲は丸刈りの男を見ると
「貴方、ごめんなさい。間に合わなかった」
と言うと丸刈り男の隣に横たわり手を握る。
「咲、どうしてここに」
「急に消えてすまなかった」
「でも会いたかった」
と言うと丸刈りの男は息絶えてしまった。
咲「会えて良かった」
「貴方の役に立ちたかったの」
「もう私をひとりにしないで」
そう言うと咲も握った手を頬に当て満足そうな顔で目を閉じ、氷のように陽射しを浴びて溶けていった。
後で知ることになるが咲の夫は暴力団撲滅に対して凄まじい熱意を持ち非常に優秀な警察官だったため青森警察から内密に警視庁潜入捜査員として組事務所に入ってあらゆる証拠収集を行っていたようである。
しかし、あまりに危険な任務故に家族を捨てひとしれず消息を絶っていた。
咲は夫の行動に気づかないふりをして生活していたが、自ら雪女になり夫に会うべく龍神会に顔が効く俺に近づいて来たのだった。
誰かが警察に電話してくれたのか無機質なサイレンがいくつも聞こえてきた。俺は立ち上がる力も無くそこに座り込むと溶けていく咲を見ながら警察が到着するのを待った。
ーーーーー
俺は警察病院に移され撃たれた右太腿の治療を受けた。弾丸は太腿を貫いていたので消毒の後縫合される。その後、警察では驚くほど罪に問われず、巻き込まれてあの場にいたように扱われ調書もそこそこで帰宅を許された。
俺は松葉杖をつき、心にポッカリ空いた穴を埋める術もなく新宿署の階段をゆっくり下りた。
咲がいなくなって静かな事務所でひとり探偵を辞める手続きを始める。既に精神的にも肉体的にも限界だった。
ーーーーー
その年の8月15日ひとり青森に向かった。16日朝から瑠美さんに了解を得て乃亜を連れて咲と修也の墓参りをする。それから俺は借りていたレンタカーを走らせ乃亜と八甲田山に向かった。八幡平国立公園を抜け八甲田ロープウェイに乗り40分で山嶺駅に到着する。乃亜は久しぶりの俺との再会も楽しみにしていてくれたようでまるで別れた子供が帰ってきてくれたみたいだ。頂上で景色を眺めたらすぐに下山を始め山の中腹あたりの赤い杭が刺さっている所で右に道をそれる。
枝振が異様に曲がっている低いもみじの木が2メートル間隔で4本生えている中心の大きな石の端を強く押すと石はゆっくりスライドした。
奥に階段が見える。乃亜は驚いた顔をして俺と奥を覗くと階段の向こうで咲が
「待ってたわよ」
と笑顔で手招きし、
「2人ともお昼まだでしょシチュー出来てるわよ」
と言って走って階段を降りる乃亜に手を広げた。
end
探偵に愛を ナルナル @kotanaru
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