41、深まる二人の絆
「お前ら友だちなんだろ? 男同士だろ?」
カッファレッリの冷ややかな声がリオを襲った。
「言って、リオ」
私は小声で懇願した。こんなところで私の正体がバレたら大変だ!
顔を上げたリオの目に、もう迷いはなかった。
「オリヴィエーロ、姿勢なんだけど、君はお尻を突き出すようにして立ってる」
リオに指摘されて、頬がカッと熱くなるのを感じる。だがここで恥ずかしがったら女の子だってバレちゃう。寄宿舎の奥さんに見破られたときも、会話に対する反応が原因だった。
「そうか。まっすぐ立つんだったな」
私は男らしくしゃべろうと意識しながら、尻をひっこめた。だが――
「オリヴィエーロ、そうやって立つと今度はおなかが出てる」
リオに指されて私は耳まで熱くなった。恥ずかしくて頭の中が沸騰しそうだ。ただ立つだけなのに自分の体ではないみたいで、いつもどうやって立っていたか思い出せない。
カッファレッリが近づいてきて、片手を私の下腹部に、もう一方の手を臀部に当てた。
「こうやって立つんだよ」
両方の手をいっぺんに押し込まれて、ひゃん、と声が出そうになるのを辛うじて飲み込む。ちらっとリオを見ると目を真ん丸にしている。
「分かったのか?」
いら立ちも
「はいっ」
私は勢い込んで返事をした。
「ほら、さっきより声量が出てる」
カッファレッリがにやりと笑って今度は私の胸を軽くたたいたので、私は羞恥心で全身が総毛立った。
「ここが下がってる。もっと胸を張れ」
何も考えられないまま、彼の指導に従う。
だが姿勢を正して歌うとピッチは直った。そういえばリオにも、木の幹に背をあずけて立つ練習をさせられたっけ。リオは私の体に触れずに教えてくれたのに、この男め! 私が女の子だって気付いていないよね?
真っ白になった頭でなんとか歌っていると、
「お前の声、なんか硬いんだよなぁ」
カッファレッリが首をかしげながら、何気なく私の喉を触った。
「ひゃっ」
彼の指が少し冷たくてさすがに声が出る。
「
カッファレッリはいたずらっ子のような笑みを浮かべながらも私の首に手を添えたまま、もう一方の手で自分の喉に触れる。
「歌ってみ」
言われた通り声を出すと、途中からカッファレッリが隣で同じ音程を歌い始めた。彼の声と自分の声が混ざり合ってクラクラする。ポルポラ先生に自分の声を探せと言われたのに、彼の声に自分の響きを合わせたくなる。
「うん、やっぱ硬いな。俺の喉触ってみろ」
カッファレッリが私の手を握った。
「へっ!?」
驚いているうちに私の指は彼のあたたかい首元に触れていた。うわー、どうしよう!? ドキドキする! だが刺すような視線に目線だけ動かすと、案の定リオが怖い顔をしている。
「もう片方の手で自分の喉を触って歌え」
カッファレッリに命じられて私はすぐに意識を集中した。またカッファレッリが同時に声を出してくれる。指先に伝わってくるのはかすかな振動。こわばりは一切ない。だが自分の方は――
「本当だ。ほんとに硬くなってる」
声を出すのを止めて、私は驚きのあまり感じたままを報告した。まさか硬い声が物理的に硬い喉から出てくるとは思わなかったのだ。
「だろ?」
カッファレッリは嬉しそうに目を輝かせている。
「俺様のを触らせてやった感覚を覚えて、同じしなやかさになるように練習しろよ」
彼の教え方は自分と同じように歌わせるというただ一点だった。だが実際に体を触らせてくれる指導法は、言葉だけで伝えるポルポラ先生とは違った分かりやすさがある。
新しいテクニックに心をときめかせながら椅子へ戻ると、リオににらまれてしまった。
「オリヴィエーロ、楽しそう」
「リオネッロ、来い」
だがすぐカッファレッリに呼ばれて、リオはしぶしぶ立ち上がった。
「今オリヴィエーロがやったのと同じ練習法を試すぞ」
リオはなぜかポカンとしている。
「おい、見ていなかったのか?」
カッファレッリの声が急に不機嫌になった。きっとリオは、カッファレッリと触れ合う私を見たくなくて、途中から目をそらしていたのだ。胸がズキンと痛んだ。
「ったく無駄なことを考えるな。集中しろ」
だが練習を始めると、リオからは不満そうな表情が消えた。自分の喉元に指先で触れながら、
「なんだか僕、歌うと喉のごりごりしてるところが上がってくるよね? カッファレッリのは全然動かないのに」
「だよな。お前の場合はオリヴィエーロのように硬くなってはいない。でも別の問題があるみてぇだ」
リオは真剣な顔でうなずいている。どうやら機嫌が直ったようだとホッとしたのも束の間、今度は私に試練が訪れた。
「オリヴィエーロ、俺様とリオネッロが並んで発声するから、リオネッロの問題を指摘してやれ」
ひえぇ、来たぁ! 私は逃げ出したくなった。ポルポラ先生の指導を伝えただけでちょっと怒らせちゃったのに、私がリオの欠点を指摘するの!?
だが私の動揺などどこ吹く風で、二人は声を合わせて同じ音を歌った。二人同時に歌うとカッファレッリの声は力強い真夏の太陽のよう、一方リオの声は甘い花の香りを運ぶ春風のようだ。
「どうだった?」
驚いたことに問いはリオから発せられた。口ごもる私をまっすぐ見つめる。
「言って、オリヴィエーロ。僕たちは同じ夢に向かう戦友でしょ?」
「そうだぞ。リオネッロを信用しているなら言え」
カッファレッリの言葉にハッとした。リオに嫌われたくないなんて、ただの保身だ。いつもリオは急に大人になる。もしかしたら数分前の嫉妬深い男の子はもういないのかも知れない。
私はリオの愛らしい瞳を正面から見つめて口を開いた。
「リオはまっすぐ立ってるんだけど、顎だけ上を向いてないかな? あと口の開き方も平べったい感じがする。カッファレッリはもっと縦に開いてると思うよ」
「そっか、気を付ける!」
リオは元気な声で返事をした。顔の向きと口の形に気を付けて発声すると、リオの声は途端に大人っぽい響きに変わった。
「すごいよ、リオ。ますます澄んだ音色になってる!」
思わず歓声を上げると、リオは私に優しい笑顔を向けた。
「すごいのは悪い癖を僕に気付かせてくれたオリヴィエーロだよ」
窓から差し込む日差しが彼のやわらかい頬に彩りを添え、私の胸を高鳴らせた。
私とリオは真摯に歌の訓練に向き合ううち、恋い慕いあう異性というより共に手をたずさえて歩んでゆく同志のような関係になっていった――などと思っていたのは、私だけだったのだろうか?
夜、寄宿舎の屋根裏部屋で寝間着姿のリオが妙な提案をしてきたのだ。
「ねえ、僕のかわいいオリヴィア。ベッドくっつけようよ」
二つのシングルベッドの間に置かれた古いナイトテーブルを、リオは
「これ、どけてさ。僕のパパとママはおっきなベッドに二人で寝てたよ?」
─ * ─
次回『甘い夜』
二人きりの屋根裏部屋。もう邪魔は入らない!?
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