21、ルイジおじさんの手作り♡

 リオと二人家の中に戻ると、ルイジおじさんがアンナおばさんをベッドに運んだところだった。


「アンナはかなり体力を消耗している。今は眠っているよ」


「一体おばさんはどうしたの?」


 見上げる私に、おじさんは首を左右に振って見せた。


「分からない。だがわしの故郷の村で暮らしていた頃まで記憶が逆戻りしているようだ。『お義兄にいさんの畑』と言っていたからな」


 投資詐欺に遭ったルイジおじさんがアンナを連れて故郷に帰ったあと、二人はルイジおじさんの長兄から小さな畑を分けてもらったと言う。


「わしの予想に過ぎんが、悪魔に乗り移られてからの記憶が消えているのかも知れん」


 おじさんの言葉に、私とリオは顔を見合わせた。リオがおじさんを見上げ、


「おばさん、聖なるメダルにさわってたよね?」


 と確認する。


「うむ。いつも瞳に宿っていたよこしまな光も消えているし、理由は分からんが悪魔が去ったようだ」


 おじさんの声はやはり疲れて聞こえたが、まなざしは安堵したかのように柔らかかった。


「悪魔だけ消えてアンナの人格は残っているんだ。わしの長年ながねんの夢が叶ったようだよ」


 なぜ急に悪魔が消えたのか、私もリオも不思議で仕方なかった。自分たちが声を合わせて歌ったのが原因だなんて考えもしなかったから。


 おじさんは嬉しそうだったが、アンナおばさんには悲劇が訪れたようだ。愛する人との我が子を望んでいたはずなのに、子供を作れる年齢はうに過ぎている。二十年近い記憶が欠落している上、容貌は信じられないほど醜く衰えてしまった。


 さらにリオが無邪気な子供を装って、


「僕、ルイジおじさんの遠い親戚なんだ。でもアンナおばさんにだまされて去勢歌手カストラートにされちゃったの」


 などと打ち明けたものだから、


「あたしはルイジさんと血のつながった子供に対して、勝手になんてことをしちまったんだ!」


 愕然として、また寝込んでしまった。


「うるさいのがいなくなったから、僕たち歌の練習に集中できるね」


 リオは愛らしくクスクス笑いながら、私の手を引いて森へ連れて行った。リオの指導は以前と変わらぬ情熱で続いていた。


「僕が先生マエストロから教わったテクニックを全部オリヴィアに教えるから。音楽院に入ったらできるだけ二人、同じところからスタートしたいもん」


「じゃあ私も父さんから教わった調律法とか音階の話、リオに伝えるね」


 時間を見つけては二人の知識を共有しあっているうちに、まもなく一週間が過ぎようとしていた。


「オリヴィア、リオネッロ。明日がジャンバッティスタの言っていた一週間後だ。夕食後、わしの工房へ来なさい」


 早々に食事を終えたルイジおじさんが私たちに告げた。寝込んでいるアンナおばさんの部屋へ食事を運び、そのまま庭に建てた工房へ引っ込んでしまった。


 アンナおばさんが倒れてから、ルイジおじさんは集落の村人たちからサラミやチーズを買ってきてくれるようになった。私はアンナの代わりに台所に立ち、野菜のスープを作った。


 リオと共に食事を終え、二人で協力して後片付けをする。


「なんだか僕たち、夫婦みたいだね!」


 リオは上機嫌だ。ほくほくしながら食べ終わった食器を運んでくる。


 ひと月前なら無邪気でかわいい弟の言葉だと思えただろうが、今の私は意識しすぎて返す言葉が見つからない。そもそも半年前から、二人の関係を姉弟だと思っていたのは私だけだったのだが。


 食器を洗い終えた私たちは庭に出て、ルイジおじさんの工房へ向かった。夜の訪れは日ごとに早くなり、落ち葉に覆われた庭にはすでに銀色の月明かりがしたたり落ちていた。


 工房の扉を押し開くと、中からランプの黄色い光が漏れ出た。机の前に座っていたルイジおじさんが立ち上がり、


「二人とも、よく来たな。ナポリへの旅立ちに持っていく荷物を作っておいたぞ」


 作業台に乗せられた二つの革袋を指さした。


 リオがさっそく駆け寄り、


「わぁ、この袋、おじさんの手作り?」


「そうだ。力のないお前たちでも運べるように、背中にかつぐベルトをつけてある」


 ルイジおじさんはゆったりとした足取りで歩いてくると、いとおしそうに革ベルトを撫でた。


 私も見たことない形の鞄に触れながら、


「たくさん入りそう!」


 と歓声を上げた。


「ああ、お前たちが大人になっても使えるよう、大きめに作ってある」


 リオが袋の口を開けながら、


「中、見てもいい? 服が入ってるの?」


「集落へ行って古着を買い集めてきた。背が伸びてもいいように大きめのものも入ってるからな」


 私もリオの隣で革袋の中を確かめる。当然だが全部、男物だった。がっかりしている場合ではない。


「オリヴィア、明日の朝、その長い髪は切っておいた方がいい」


「うん」


 私はそれ以上何も言えずに、二つに結わいた自慢の黒髪に触れた。


 リオは革袋から私に視線を移し、


「オリヴィア、美人だからショートヘアも似合いそう」


 ランプが照らす柔らかい灯りの中、魅了するような笑顔を向けた。


 リオは私が髪を切っても、男の服を着ても、私を愛してくれるのだろうか? 急に不安が首をもたげて、私はハッとした。リオこそ男性の象徴を奪われて、私よりずっと強い恐れを抱いているに違いない。


 髪なんていくらでも伸びるのだ。服なんていつでも着替えられる。一生取り戻せないものを奪われたリオを前に、私が男装ごときで悩んでどうする。


「ルイジおじさん、たくさん服を用意してくれてありがとう」


 私はおじさんを見上げて、心からお礼を伝えた。


「うむ。オリヴィアにはもう一つ、大事なものを渡さねばならん」


 ルイジおじさんは机まで戻ると、足元に置いた麻袋から作品を出して机に並べ始めた。


 ひょいとのぞいたリオが両手で顔を覆った。


「おじさん、何そのリアルなの!? オリヴィアにそんなの見せないでよ!」


「何を言っておる。オリヴィアが使うのだ」


 ルイジおじさんは自慢げに、小ぶりなのから大ぶりなのまで並んだ三つのソレを見下ろした。


「ジャンバッティスタ氏に言われたのだ。稀に女子でないことを確認されるから用意しておけと」




─ * ─




さて、ルイジおじさんが用意してくれた秘密のものとは?

勘の良い方はすでにお分かりでしょう😊

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