貴方の遺した置き手紙

三毛栗

貴方の遺した置き手紙






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 愛する妻、アリーナへ



 私はもうじき、死ぬだろう。だから愛する貴女へ、最初で最期のラブレターを送ろうと思う。


 これを見た貴女は、大層驚くだろうね。なんたって、この私だ。人にラブレターを送るなんて、想像もつかないだろう?


 そんな私が、この手紙で貴女に伝えたいことは、私が貴女の事をどう思っていたかだ。


 それにはまず、貴女との最初の出会いまで時間を遡らなければならない。


 そう、あれは確か、まるで貴女の純白の髪のように美しく儚い、白銀の雪が降った日だった――



――――――



"「アルバ伯爵家長女、アルバ・アリーナと申します。カルーセル辺境伯様、これから妻として、お世話になります。どうぞよろしくお願い致します。」"



 最初に貴女が馬車から降りて私にあいさつをしてくれた時、不覚にも私は、頭が真っ白になってしまった。



 "何て美しい方だろう"



 と、頭の中には多分そのようなことしかなかったと思う。白銀の髪、透き通るように白い肌、金色の高貴な瞳、華奢な体躯、鈴のような声、美しいあいさつ。



 一目惚れだった。



 そして私は固まって、ただただ貴女を見つめた。


 しかし、それを見た貴女はきっと、私が不愉快に感じたと思っただろうね。本当に申し訳ない。


 次に、私がおかしなことを言ったのはどこだっただろうか。ああ、きっとあそこだな。



"「私に、近づかないでくれないか」"



 あれは我ながら、最低な発言だったと思う。私が貴女に言われたら、辛くて辛くて、死んでしまいたいような気持ちになってしまうかもしれない。それを私は貴女に言い放った。本当に、謝っても謝りきれない過ちだった。


 こんなこと、さっきのように言い訳にしか聞こえないだろうけど、私が言ったあの言葉の意味は、

 

 "貴女といると、動悸がすごくて顔が火照って落ち着かないからあまり近寄りすぎないでくれ"


 というような意味だったんだ。まあ、今さら言っても遅いよな。


――(上記2つのようなことが長々と便箋5枚分書き連ねられている…ので、以下略)


 この他にも、私は貴女を、私自身の言葉足らずでたくさん傷付けてきた。


 私は決して、貴女にこの手紙で許して欲しいだなんてそんなことを、本当に少しも考えていないことを分かって欲しい。


 こんなもので貴女の心の痛みを、傷を…治せる、赦して貰える。そういう気持ちでなくて、私は、私は貴女に、ただこの事だけを伝えるために手紙を書いている。



 『愛してる』



 出会った時から、死ぬ時まで。いや、死んだ後、もし生まれ変わったとしても、私は貴女の事を、世界で一番愛している。


 これだけ。これだけなんだ。これだけが貴女に伝われば、私は他に何も言うことはない。


 これまでの長い前置きは、私が貴女の事を愛していなかったときなんてないということを伝えるために綴ったものだ。


 結局、私は自分の不器用さに甘えて、貴女に愛の言葉の一つも伝えられず、声を出せなくなってしまった。


 貴女は、きっと私の事をあまりよくは思っていなかったと思う。ただ、これだけは最期に言いたい。



『私にとって、貴女と出会えたことこそが、この人生の中で最も幸せな出来事だった。』



 ハハハ、最期最期、1つだけ1つだけ、そう思う度にもっと貴女に言いたいことが溢れてくる。


 

 愛している

 好きだ

 可憐だ

 美しい

 貴女こそが私の最愛の人

 私の生涯

 私の…心残り


 

 この先、まだまだ貴女を愛する人なんて山程に現れると思う。その時、貴女が心惹かれた時、私の事なんて気にせず、貴女が幸せになれる道を選んで欲しい。


 でも、この私が貴女の人生にいたこと、それだけは覚えていて欲しい。


 我ながら、私はとても我が儘だな。だが、こんな我が儘も許して欲しい。


 これは私が君へと送る、最初で最期の、ラブレターだから。




      君に、心からの愛を捧げる



        君の夫、カルーセル・クラウスより



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――――――



 私は、アルバ・アリーナ伯爵令嬢。元カルセール辺境伯夫人の、いわゆる未亡人だ。


 つい半年程前、夫であるカルーセル・クラウスが、不治の病で亡くなった。


 政略結婚ではあったが、私は夫を愛していた。


 なにしろ私の夫は、高身長国宝級黒髪美丈夫だったから!それだけでも、初対面の私のハートは撃ち抜かれたというのに、一緒に暮らすうちにどんどんと彼の良いところが見つかって、もう心の底から彼に惚れた。


 本当に、可愛いの!私の夫!ネコが好きだったり、寒がりだったり、天然だったり、何より可愛かったのは、寝言で…『にゃ』って言ってたことかしら。


 本当に、もう、好きっ!てなったわ。


 まあ、夫はそうではなかったみたいだけど…。


 基本的に無言、無視だし、私が夫を見つめるとにらみ返してくるし、前には、『近づくな』的なこととか言われたし…。


 それでも、食事は一緒に摂ってくれるし、あいさつに反応してくれるし、会話も何気に聞いてくれている。そんなさりげない事でも、私は夫に好感を覚えたわ。


 時間は掛かるかもしれない。でも、いつかきっと、良い夫婦になれるはず。


 …そう、思っていた。


 でも、夫は死んでしまった。


 喉がしまったように呼吸がしにくくなる。そんな、不治の奇病に、夫は罹ってしまった。


 前例無し、治療法無し、あっという間に衰弱していく夫。


 見ているのが辛かった。


 だから、段々と面会の時間が減ってしまった。最期かもしれない。でも、見ていることが出来ない。そんな、重たく悲しい時が続いた。


 夫は、1ヶ月、耐えた。そして、プツンと、抗うことをやめたかのように、ある日死んだ。


 私が、側にいた時だった。


 夫は最期、何か言っていたような気もしたが、喉がしまって声が出せない彼の、最期の叫びのような声も、私には聞くことができなかった。


 悔しかった。悲しかった。


 夫は…クラウスは、死んでしまったのだ。その事実が私に押し寄せる。


 無気力な半年を過ごした。少し、ほんの少し、気持ちが落ち着いた。だから、何かクラウスが遺したものはないかと、彼の書斎を整理していた。


 すると、先程のクラウスの衝撃のラブレターが出てきたのだ。


 私は読んだ後、しばらく固まった。


 まさか、クラウスが、私宛にラブレターを書いているとは…。


 驚いて、笑って、そして泣いた。


 まず、ラブレターに驚いて。


 その内容に笑った。


 そして、時間が経って、


 これでもかというほどに泣いた。


 メイドが慌ててとんでくる程度には泣いた。


 どうして、気持ちを伝えなかったんだろう。


 どうして、気持ちを伝え合えなかったんだろう。


 クラウスが病気になった時、目を逸らすのではなく、きちんと見て、伝えれば良かった。


 恐ろしいからといって愛を伝えなかった私は、どれ程愚かだったのだろう。


 クラウスは、伝えてくれた。死んだとしても、この置き手紙として、私に愛を伝えてくれた。


 私はどうだ。私はもう、伝えられない。伝わっているだなんて…勘違いをして、直接言葉として伝えられなかった。


 こんなことを思うなんて、お門違い。分かっている。でも、思ってしまう。



「ズルいよ、クラウス。」



 伝えるだけ。伝え合えない。きっと、あなたも辛いはず。でも、私は伝えられない。もう絶対に伝えられない。この気持ちを、どこにやればいいのか分からない。ああ、ズルいよ。ズルい。伝えるだけなんて、ズルすぎる。



「私も…愛してる。」

 


 あなたは最後に、私が他の人と結ばれるというようなことを書いていたね。うん、確かに、私はまだ20歳。まだ全然嫁入り可能。しかも私の美貌があれば、きっと引く手は数多だろう。でも、でもね…



「私の生涯も、貴方なの。クラウス。」



 真面目な貴方。こんな手紙を書いちゃうくらいに私が好きなら、本当は私にずっと未亡人でいて欲しいはず。でも、こんなことを書いてくれる。


 ありがとう。大好き。大好き。愛してる。たった今、私の生涯は貴方になった。


 おかしいわね。貴方が死んでから、貴方への愛が、より一層深まるなんて。


 そうね。本当は、今から貴方のいるところに行ってもいいのだけど、それは貴方が一番悲しむことだよね。


 だから私は、貴方のいないこの世界で、きっと自分の中で2番目に幸せな人生を送るわ。天寿を全うしてみせるんだから!


 そして、そしてね。私が幸せに死んだら、真っ先に貴方の胸に飛び込むわね。



 『愛してるわ。クラウス!』


 って!






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