第2話 非常
「なっ!?」
先輩がギョッとした顔で固まる。大柄な先輩の後ろに立っていたのは、細い男だった。ボロボロの白い着物……囚人服を着た男だ。枝木のような腕が、ノコギリを抱える丸太のような腕を止めている。異様な光景だ。
「貴様、罪人だな!? どうやって縄を解いた!?」
いつも冷静な先輩が狼狽している。
囚人たちを縛る縄は恐ろしく頑丈に作られていて、鬼さえ拘束するものだ。
「解けるはずが……うああっ!?」
「先、輩?」
これは夢なのだろうか?
先輩の腕が、ポキリと外側に折れた。
痛みで蹲った先輩の後頭部を、男は踏みつける。土がヒビ割れ、先輩の首から上は埋まってしまった。
僕は言葉を失った。
囚人として罰を受けて、獄卒として働いてきて。こんな光景を見たのは初めてだった。
「……おめぇ、
不気味に静まり返った空間で、最初に口を開いたのは皇だった。今さっきまで泣いていたのが嘘のようにパアッと笑う。
「真夜中だろ!? なぁ、どうして
父ちゃん……だって?
ハッとして、巻物を漁った。
……あった!
〝
巻物に印字された名前。
皇一馬と同じ苗字だ!
ということはこの2人、父と子なのか。親子揃って地獄に堕ちたというのか。
皇真夜中は、父親に笑い返した。
「せや。俺、半年前に地獄に来たんや。父ちゃんのこと探してた」
「半年前って、俺とほぼ同じ時期に来とるやんか。そうか、お前もか」
皇真夜中は唇の右側が裂けていた。痣と傷も数多い。別の部署で拷問を受けてきたのだろう。髪は白髪で、元々白いのか、拷問のストレスなのかは分からない。
年齢は……。皇一馬が20歳の時に生まれた。皇一馬は40歳で死亡したから……。皇真夜中は享年20歳ということになる。
「なぁ一緒に逃げよう? そのために、おとーちゃん探してたんや」
「真夜中……!」
「生きとる間は、おとーちゃんはほとんど外に行ってたり、塀の中に入ってたりして、会えへんかったやん? 寂しかった」
「う、うぅ……。俺はお前に親らしいこと何もしてへんのに……!」
まるで僕など存在していないかのように、親子は感動の再会劇を繰り広げている。
〝パンパンパンパン〟
僕は4回、両の手を叩いた。すると辺りにサイレンが鳴り響く。獄卒が手を4回叩く時は〝緊急〟の合図になっている。
突風が起きる。彼岸花が横倒れになり、夕焼け色の雲が右から左へ流されていく。
雲の向こう側から現れたのは、武装した獄卒たち。
「ひっ、奴らに捕まったらもっと酷いことされるぞ! 早く杭を抜いてくれ!」
「分かった!」
父親の言う通りにする皇真夜中に、僕は警告した。
「こんなことをすれば罰は重くなり、刑期が延長されるぞ!」
「黙っとれ!」
皇一馬が怒鳴る。
「俺ら囚人からしたら、獄卒側に行ったお前は裏切り者や! 胸糞悪いわ! 地獄に堕ちたっちゅーことは、お前も生きとる時に悪いことしたんやろうが!」
「!」
胸が痛んだ。
そうだ、僕は悪かった。
悪いことをした……!
「お前、何をしたん?」
不意に、そう訊かれた。
皇一馬の荒々しい喋り方とは、全く異なる静かな口調。
全ての杭を引き抜いた皇真夜中が、僕を見ていた。
「虫も殺さんような顔しとるやん。悪人には見えへんけど」
「ぼ、僕は」
何故だろう。
「……自殺したんだ」
「自殺?」
何故、皇真夜中の質問に答えたのか。僕は未だに分からない。
「高校でいじめに遭って、マンションから飛び降りた」
そう、逃げた。
戦わなかった。
立ち向かわなかった。
親から貰った命を無駄にした。
自殺は、罪だ。殺した対象が自分であっただけで、他殺と同じ扱い。僕は自分自身の弱さを乗り越えられず、命を捨てた。
僕は悪い。償わなければならない。僕は悪いんだ。
だから、
「は? お前、何にも悪くないやん」
彼が言ったその言葉に、僕は頭を打たれたような衝撃を覚えたんだ。
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