真夜中に咲く朝顔

麻井 舞

第1話 地獄

 地獄。そこは大きな罪悪を犯した者が、死後に生まれる世界。獄卒ごくそつと呼ばれる下級役人が、囚人たちに絶え間ない責め苦を与え続ける場所だ。

 今日も、後ろ手に地獄の縄を縛られた囚人の列が運ばれてきた。


「ひいっ、許してください!」

「どうかご慈悲を!」


 囚人が乞う。彼らの気持ちは、僕には痛いほどよく分かる。からだ。


 地獄は無限ではない。刑期を終えれば、魂は輪廻転生の流れに戻り、別の世界に転生できる。


 僕は2年前に地獄に堕ちた。決して逆らわず、抵抗せず、模範囚として過ごした。すると半年前、特例でに採用された。

 この仕事を100年間全うすれば、魂の復活を認めてくれるのだと言う。

 

「えっと確か名前は阿頼耶識あらやしきじゅんだったか? これから私が責め苦を行うから、記録しておくように」

 

 僕と同じ着物姿の先輩が言う。獄卒の制服は、炎のような色だ。地獄には〝赤〟が多い。空は夕焼けだし、辺り一帯には彼岸花が咲き乱れているし。

 あとは、


「うわああっ!」


 飛び散る囚人の血。


 先輩は、大の字に転ばせた囚人の手足に杭を打っている。


 足元に置いてある大きな木箱には、巻物がたくさん入っている。これらは、囚人の人生史が簡単に綴られたものだ。

 今、拷問されている囚人は〝すめらぎ一馬かずま〟。

 巻物を開く。

 19歳で交際相手と結婚し、翌年に一人息子に恵まれている。しかし2年後に離婚。息子を引き取ったが職を転々とする。

 初犯は22歳の時。女子中学生にわいせつ行為をして逮捕。懲りずに26歳で再犯。

 

 皇が殺人に手を染めたのは33歳だった。自宅にて、女子高生を強姦。行為が終わると絞殺した。

 懲役刑がくだるが、服役中に心臓発作にて急死。享年40歳。


「俺は人間の時に裁判受けて、ムショに入ったんや! なのに何でこんな目に!」 

「現世と地獄は世界が違うのだ。世界が違えば、別の裁きを受けねばならぬ」

「ぐああっ! た、たすけ、」


 子供のように泣き喚く皇の両手と両足に、先輩は杭を打ち、地面に縫い付ける。本番はこれからだ。先輩はノコギリを手にする。

 周りがザワついた。拷問の順番待ちをしている囚人たちの悲鳴だ。だと、恐怖に慄いている。


「この苦痛を乗り越えられたなら、お前の魂は再び輪廻を巡るだろう」



(……〝魂〟か)



 先輩の言葉で、考えた。

 魂とは一体何なのだろう?

 それは僕が人間だった頃から考えていた疑問だった。これまで一度も〝魂〟というものを感じたことがないし、死んだ今となっても分からない。


 もし100年後に生まれ変わったとして、僕はどう生きたいのだろう?



 先輩がノコギリを振り上げ、皇に向かってギザギザの歯を落とす。 



「おい、やめろ」



 けれど聞こえてきたものは皇の絶叫ではなく、若い男の声だった。

 




 

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