8-4

「僕が本気を出せばこんなものだよ。何もかも破壊してやる。世界も、全部……」


 私の魂を抉ろうとしたロレンツィオの左手を、私の右手は咄嗟に掴んで阻止していた。強く握り締め、少しずつ爪が皮膚に食い込んでいく。


 ロレンツィオは私を忌々しく思ったのか、手を振り払い、凄まじい怪力で私を投げ飛ばす。私はそのまま背中から地面に落ち、まだ手放していない槍を再度握り、立ち上がってロレンツィオを見据える。


「それはさせない。私にはこの世界を守る義務がある!」


 その瞬間、左腕に鈍い痛みが走った。視線を落としてみると、なんと、左腕も右腕同様、どす黒い皮膚に覆われているではないか。刃のような爪も同じ。


 だが、不思議とこれが嫌だとは思わなかった。こうにでもならなければ、私はロレンツィオに殺されてしまう。何も守れなくなってしまう。


「これだからペドロの犬は嫌いなんだ」攻撃態勢に移るロレンツィオ。「次で終わってもらうよ」


「臨むところだ」私も槍を構えた。


 私とロレンツィオは同時に飛び出し、ロレンツィオは私に手を伸ばし、私はロレンツィオに矛先を伸ばした。先に……届けば……頼む、届け……!


 ――どうやら、私の勝利のようだった。


 槍の刃はものの見事にロレンツィオを刺し、彼の魔物の手は私に数センチほど届かなかった。だが、意地なのか、伸びきった手は私の首を捕まえようとする。その手は右手で制しても私の首を目掛けてゆっくりと動く。なんて怪力だ。


 爪先が喉の皮膚に触れそうになった時、ロレンツィオの背中から一本の剣が突き出てきた。手が止まり、目を丸くして緩んだ口角から水のように血が垂れる。


 背後に視線を移してみると、そこには傷だらけになりながらも駆け付けてくれたヨエルがいた。どうやら助太刀してくれたらしい。


「この、僕が……そんな……」


 さすがに前後から串刺しにされると堪えたのか、翼や両腕などを覆っていたグロテスクな皮膚が砂となって消え、ロレンツィオ自身も干乾びた土にヒビが入ったかのように崩れ始めた。


「ロレンツィオ、間違う事は悪い事じゃない」私は言った。「だが、貴様は何が間違いなのか気付く事さえできなかった。それが運の尽きだったんだ」


「くそっ……僕は、間違ってなんか――」


 そこまで言いかけた時、哀れにもロレンツィオは崩壊して地面に落ちた。そこに残ったのはただの土。そう、彼は既にタイムミリットを迎えていたのだ。けれど、それを無理矢理、強力な力で抑え込んでいたのだが、大怪我によって力が弱まり、彼は壊れてしまったのだ。皮肉にも自身が考案したあのマリオネットのように。


「助かったよ、ヨエル。危うく私がロレンツィオのようになるところだった」


「助けるのは当然だろ?」彼は剣を鞘に収めた。「ロレンツィオ……最後まで可哀想な男だったよな。何もできないまま結局、命が尽きるなんて……俺はごめんだよ」


「ああ、そうだな……」


 ふと、私は両腕に視線を向けると……なんという事だろう! 怪物の腕が――散々、苦しめられてきた忌々しい腕が――正常な人間の皮膚に戻っているではないか! 爪も、皮膚の質も、感触も、全て以前のものと同じになっている。私は嬉しくて声も出ず、ただひたすら見つめていた。


「腕、戻ったのか! ……そうか、ロレンツィオが死んで、お前にかかっていた呪縛が解放されたんだな」


 私とヨエルは馬鹿みたいに喜んで騒いだ。凄まじい戦争が終わったばかりのこの土地で。






 総司令官のロレンツィオも死に、大部分に裏切られたユルゲン軍の敗北で今回の戦争は幕を閉じた。


 戦争に良い事なんて何もなかったような気がする。私自身も命を落とし、私の周りでも大勢の人間が死んでしまった。傷付いた人間も数え切れない。父ガルシアやヴァロ、クリスタがいい例だろう。


 この戦争の発端となったロレンツィオ。彼がいなかったら……と考えたいところだが、今更考えてもこうなってしまったものは仕方ない。


 我々はこれを教訓にし、再び同じ事を起こさぬように精進しなければならない事だろう。これからの未来を担う者達のために。

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