8-3
「ロレンツィオ……!」
「僕にはまだ、まだこれが残ってる……僕は支配者になるんだ……」
そう言った瞬間だった。
パリン、と魔法石は自ら割れて砕け散った。ロレンツィオの手の中で粉々になり、風にさらわれて少しも残らず消えてしまった。私は何が起こるのかと思って緊張が走っていたのだが、どうやら彼にとっては予想外の出来事だったらしく、狂いかけたように慌てふためく。
「どうして壊れた? 僕に絶大な力を与えてくれるんじゃなかったのか!?」
「アリウス!」
背後から名を呼ばれたかと思うと、そこには遅れてやって来た殿下の姿があった。どうやら殿下が率いる部隊がエイニオに到着して、無事に合流できたようだ。
「で、殿下……白の魔法石が……」
「分かっておる。ロレンツィオよ、話を聞け」
「クレイグか」息も絶え絶えにロレンツィオは顔を上げた。「これはどういう事だい……?」
「白の魔法石は、もはやただの石ころだ。使用しても意味はない」
「なんだって?」
空気が凍り付いたような気がした。
「白の魔法石は確かに以前まで強大な魔力を秘めていた。だが、ユルゲンからドミンゴ、エッケハルトが独立する際に力を使い果たし、効力を失ったのだ」
「でも、ずっと大切にされてきたじゃないか!」
「それは独立の象徴だからだ」淡々と答える殿下。「我々にとっては宝そのものだからな」
「そんな……僕が間違っていたなんて……」
衝撃的な真実と絶望感によって崩れ落ちるロレンツィオ。私も驚いていたが、なんとなく納得はできた。なるほど、だからあの時にジゼラは、魔法石はロレンツィオに何ももたらさないと言ったのか。
「殿下、他の皆は?」
「喜べ、アリウス。ベルマン家の二人はこちらに味方したぞ。敵兵はもう数少ない。後はこの男だけだ」
「よかった! ではここは私が――」
「ふざけるな!」
私の言葉を邪魔だと言いたげに遮り、ロレンツィオは色が抜けて真っ白になった瞳をこちらに向けて怒鳴り散らした。傷口に手を当て、よろよろと立ち上がる。
「僕は老いて、色さえ失った! 僕はこのまま、死に逝くだけなのか? せっかく積み重ねた努力も無駄になって、死を向かえるだけなのか? 嫌だ……嫌だ……そんなの認めるものか!」
泣き叫ぶロレンツィオの様子がおかしい。私はそう察した。
「殿下、ここはお任せください。皆の方を頼みます」
「必ず戻って来るんだぞ、アリウス」
そう言って殿下が走り去った後、ロレンツィオに向き直った。
この時のロレンツィオは凄まじい変化の途中だった。
剣を足元に落として両手で頭を抱え、背中からは肉を突き破って生えた、血液が点々と付着した純白の翼が広がっていた。私とは正反対の色で、白と灰色の怪物のような皮膚が指先から両肩、左の頬までを覆い、私が刺した傷もあっという間に治癒してしまった。
漏れ出す不気味な笑い声に、さすがに私も恐怖を感じていた。まるで自分を見ているようで――もう人間でも死神でもなんでもない、ただの怪物そのもの。この世の生物ではない。
「アリウス、君の負けだね」笑い混じりに彼は言い放った。「君は自ら翼を引き抜き、進化を拒否した。その進化を受け入れている僕に君は勝てないよ。なんせ僕は“真の死神”だからね!」
高らかに笑ったかと思うと、猛スピードで突進してきて防御しようとする私を軽々と突き飛ばした。宙に浮き、飛ばされている最中に体勢を整えようとしたが、目も及ばぬ速さで私の背後に回り込んでいたロレンツィオは、私を殴って地面に叩き落し、胸倉を掴み上げた。体が浮き、足が地面から離れる。
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