8-2

 夜明けが始まった。


 それと同時に馬が嘶き、ピエルが槍の矛先を天高く掲げて叫んだ。


「我らの誇りは黄金色の竜と共に! 突撃せよ!」


 それから兵士達も続けて雄叫びを上げ、私達率いる騎馬隊は一気に地面を蹴って草原を駆け出した。馬の蹄に抉られた土が足元で舞い、無数の足音が耳の中で反響する。


 私は左手に槍を握り、凶器と化した右手でロレンツィオの首をもぎ取るために戦場を駆けた。敵軍の最後尾で陣取る彼を目掛けて、虫の如く蠢いている敵兵の合間を縫うようにして通り抜けた。


 両脇から飛び出てくる刃を弾き返し、正面から迫る矢を槍で払ってへし折ったり、どす黒くなって皮膚の硬度も高くなった、よく分からない生物のものと化した右手で、矢そのものを防御したりしてとにかく前へ突き進む。私の視線にはロレンツィオしか映らない。


 ようやく見えてきた奴に私は激昂してしまい、走る馬の背に両足を置いてかがみ、距離が縮まった途端、馬に跨っていたロレンツィオに飛び掛るようにして襲い掛かった。しかし、予測できていたらしく、彼は槍の矛先を剣で振り払って馬から飛び降りた。


 私は多少バランスを崩したが地面に着地し、忌々しいロレンツィオと真正面から対峙する。


「愚かだよ、君達は。今どんな状況に立たされているのか、分かってないのかい?」


「それはこちらの台詞だ、ロレンツィオ」私は皮肉を込めて言い放った。「次に死の淵に立つのは貴様だ。この私が地獄に突き落としてやる」


「こしゃくな……できそこないと同じ運命を辿れ!」


 私の挑発的な言動に怒りを掻き立てられたロレンツィオの目には憤怒や憎しみ、焦りなどが満ちていた。


 両刃の剣を片手で握り締め、全ての感情を私にぶつけるかの如く突進してきた。と思いきや、目の前から一瞬で姿を消した。勘が良い私はすぐに背後を振り返って槍を振る。金属と金属が激しくぶつかる音が響き渡り、摩擦によって火花がじりじりと散った。カタカタと刃が小刻みに震えて音を鳴らし、私達は睨んで互いの殺意をぶつけ合っていた。


 凄まじい。何をどうしたらここまで殺意が成長するのか分からないが、本来、王やジゼラに向けるべきものが今、私に全て向けられているのだろう。自らが完璧ではなく、ただの試作品でしかなかった事や、魂にタイムミリットが設定されている事への感情が複雑に混じり合い、結果、救いようがないくらい闇に深く堕ちた黒いものとなったのだ。


 それらが現在のロレンツィオを形成している。マリオネットだとか言う最悪の兵器を作り出したのも、この黒い感情が原因のはずだ。


「貴様の魂のタイムミリットは後、どれくらいだ?」


「そんなもの、気にする必要はもうないよ」余裕を見せるロレンツィオの口角が少し上がった。「三つの白の魔法石が揃えば、僕は完璧な存在となる。もうすぐなんだ。僕は試作品なんかじゃない……全てのものより優れた支配者となるんだよ!」


「でも、“まだ”そうなってない」


 私が口を挟むと、目を細めて舌打ちをされた。反応が分かりやすくていい。


「どうせ最後だからね、君に質問しよう」


「なんなりと」


「何故だ? 何故、ヴァロも君も暴走しないんだ? 君は最初、苦しみもがいて暴走しかけた……でも、君は徐々に力を抑え込む事ができるようになり、今じゃ完全に自分の力として活用できるようになってる。僕には理解ができないよ! これは僕の力そのものが君より劣るという事か?」


「貴様の力は本物じゃない」私は言い切ってやった。「偽物は本物よりも必ずどこか劣っているものだ。どんなに精巧でも、どんなに完璧に見えても、本物には到底届かない何かがある。だから貴様は私には勝てない。幾つもの十字架を背負い、本当の死の恐怖を知るこの私に」


 途端にロレンツィオの表情に浮かんでいた怒りが増し、私は力強く弾き飛ばされた。距離を取り、再び隙を与えまいと突撃する。周囲の怒声や悲鳴などの音を私達の攻防が完全に掻き消していた。


 だが、しばらくもすると少しだが、着実にロレンツィオの動きが鈍くなり始めていた。先程までは余裕だった態度も一変し、私の動きに着いて行くのに必死な様子である。息も上がり、隙だらけだった。


 これをさすがに見逃すわけにもいかず、私は全身全霊をかけてとどめを刺そうとする。


「終わりだ、ロレンツィオ」


 鈍い彼の背後に回り込み、斜め上に槍を突き刺してやった。


 奴の胸部から血に濡れた刃が突き出し、赤黒い液体がゆっくりと地面に滴り落ちる。全ての動きが停止したロレンツィオ。最小限の呼吸をし、こちらに顔を向けた奴の口からは溢れんばかりの血が口角から顎を伝って流れ出ていた。口をパクパクさせ、苦しそうにあえぐ。咳き込むと血液も一緒に吐き出し、無様な光景に見えた。


「アリウス……君もこうして死んだのか……」


「同じ苦しみを味わえ」更に槍をぐっと押し込むと、ロレンツィオは低い呻き声を発した。「貴様がクリスタに馬鹿な事を吹き込まなければ、こんな無駄な争いなどには発展しなかった。そして、こんなにも命が犠牲になる事もなかった。全ては貴様が原因だ。その罪を償え」


 足を背中にかけ、相手の事など考えずに思い切り槍を引き抜いた。肉が裂かれる激痛にロレンツィオは声も出ず、前に倒れるようにして膝を着いた。


 白かった衣装も鮮血に染まり、既に虫の息だった。が、よく見ると奴の右手には白い石が三つ、握られていた。

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