第八章 飛び交う怒号、流れる血

8-1

 ドミンゴ・エッケハルト連合軍のキャンプ地へ戻った私は、二本の槍を握った姿でハンス王子やピエル達に出迎えられたが、私は何も語らずにテントに逃げるように入った。


 そこにはヨエルがあぐらをかき、ただひたすらに沈黙を続けて待っていた。目の前では気まずいので、私は彼の隣に腰を下ろす。


「……彼は――ヴァロは死んだ」私は勝手に続けた。「彼は王からの任務に背いた違法者だった。けれど、彼はそれを承知の上で私欲を優先し、私と刃を交えたいがためにユルゲンに身を寄せていたんだ」


「最後はお前がやったのか?」


「いいや、ロレンツィオに殺されてしまった。私に勝利を託して」


「そうか……」


 ヨエルの視線が下へ向く。彼は何を思っているのだろう。きっと、私には理解できない、複雑なもののはずだ。私だって勝って嬉しいのか、ヴァロがロレンツィオに殺された事による怒りなのか、悲しみなのか、よく分からないし自分自身でも理解ができない感情が心の中で嵐のように渦巻いている。


 しばらくの沈黙の後、開けたままのテントの入り口にピエルが現れた。


「おい、そろそろ出発だ。決戦場へ向かうから、荷を片付けて準備しろ」


 不安定な心境のまま私達はテントをたたみ、まだ日も昇っていない夜中にキャンプ地を出発した。そして、私はヴァロの槍をエイニオに持って行く事にした。彼も共にロレンツィオと戦うのだ。


 長い間、獣道の山中を歩き続ける。鳥も鳴かない、物音もしない、耳に届くのは私達の足音と微かな話し声のみである。私はただ、ためらわず前に進んだ。複雑に絡まり過ぎたこの心の糸を解く元気などもうない。


 徐々に空が明るくなり始めた頃、私達ドミンゴとエッケハルトの連合軍は、だだっ広い草原がどこまでも続く終焉の地エイニオで、一キロ先にずらっと立ち並ぶユルゲンの大部隊を目の前にしていた。


 とてつもない数だ。まるで湧き出る無数の虫を相手にするかのようだ。これには軍の先頭で待機する私を含めた騎馬隊も驚きを隠せず、戦闘を前にして不安が募る。


「見えるか?」


「ああ、何とか」私の質問に望遠鏡を覗くピエルが答えた。「ロレンツィオに地上の竜、アルフォンスと……ガルシアも見える。何か話し合ってるぞ。どうしたんだか……ん?」


「どうした?」


「ガルシアがこっちに来る」望遠鏡から目を逸らし、ピエルが悪態をつく。「今になって解放するなんて、一体何を考えてるんだ奴らは! くそっ、意味が分からん!」


「父上!」


 私はいつの間にか馬を飛び降り、駆け出していた。周りの目を気にせず、父に抱き付く。あの時、私を騙して人質になったなんてどうでもよかった。こうして無事でいてくれれば、騙されたっていい。


「父上、どういう事です?」


「俺にも真意が分からない。だが、ユルゲンが本気で潰しにかかってきてるのは間違いない」


 父と私は連合軍の陣地に戻り、騎馬隊に父は敵の情報を伝える。


「兵は全部で二万。公にはなってないが、指揮官はクリスタを暗殺したロレンツィオだ」


「暗殺だって?」開いた口が塞がらないハンス王子。彼は皆が驚愕しているのに対し、私だけ動揺すらしない事に疑問を抱いたようで質問を投げる。「もしやアリウス、知ってたな?」


「すみません」私は重い口を開ける。「アルドの闘技場に行った時、威厳の竜がロレンツィオに殺される前に言っていました。でも、言い出すタイミングが分からなくて……」


「奴め、威厳の竜にも手をかけたか……」


「そこで一つ、提案がある」


 父がそう言うと、険しい顔付きで顎に手を当てていたピエルが即座に反応した。分かりやすくていい。


「このまま、あの大部隊に突入しても負けるだけだ。そうなる事を防ぐために、言葉を使うんだ」


「言葉、ですか?」ヨエルの表情に戸惑いが浮かぶ。


「そう、言葉だ。実は威厳の竜……ヴァロ・ベルマンが死んだ事はクリストファーやアルフォンスには知られていないだろう。それを利用して、彼らの敵意の矛先をロレンツィオに向けさせるんだ。家族を殺されて黙っていられる人間なんていない。これが成功すれば、二人が率いる一万の部隊がこちらの戦力に加わるのはまず間違いない。一気に形勢逆転できる」


「なるほど、賭けてみる価値はありそうだ」ピエルは目を細め、夜明け前の空を見やる。「そろそろだな」


「父上は後ろで襲撃隊の指揮をお願いします」


「ああ、分かった」


 万全の態勢ではない父を後列の方へ行かせ、私は槍を握って馬に跨る。


 夜明けと同時に戦闘が始まり、また多くの死者が出るだろう。しかし、今更になって嫌だからと言って引き返す事は無理だ。もう開き直って前に進むしか道はない。受け入れなければいけないのだ、死という現実を。


「私はロレンツィオをやる」これだけは最初から決めていたし、譲れなかった。「ピエルはアルフォンスを、ヨエルとハンス王子はクリストファーの説得を。あと、これを持って行け」


 私はヴァロの槍をヨエルに渡した。


「これがあれば、彼らは私達の話を信用するはずだ」


「了解」ヨエルは黒刃の槍を受け取って私の肩を叩いた。「いつも口を酸っぱくして言ってるが、また死んだりしないでくれよ、頼むから」


「分かってるさ。お互い様だ」

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