第七章 決戦、再び

7-1

 どうしてこんな悲劇があったのに空は涙を落とさないのかと疑問に思いながら、私とヨエルの部隊は沈んだ気持ちでドミンゴに帰還した。


 結局、ベクの村は消火に成功したものの村人の姿はなく、死体の欠片も出てこなかった。これは私の予想だが、村人はロレンツィオに殺されてあの酷い異臭を放っていた輸送車の中で焼かれ、灰になったために死体が見つからなかったのだろう。けれど、ロレンツィオがベクを焼き払った理由は分からない。いや、できれば分かりたくもない。


 ドミンゴに到着して、私とヨエルは揃って大公の間に行く。シモンと殿下がいつもの通りで向かえてくれた。


「ただいま帰還しました、殿下」とヨエルが挨拶を述べる。


「よく帰って来た。……ベクはどうだったかね?」


「それが……」私は言葉を濁す事なく、事実を伝えた。「既にロレンツィオが放った炎で焼け尽くされてしまいました。住人も全員、灰となってしまい……挙句の果てには、ロレンツィオに操られてしまった伝説の竜騎士とも対峙しました」


「何? あのファビオが……? 死んだはずだが……」


「私と同じく死神です」この話をするのに、あまり気持ちは良くなかった。「私が最初に行った契の神殿で一度、彼に会いました。が、ベクで会った彼とは残念ながら刃を交える事となり……私が彼をロレンツィオの呪縛から解き放ちました。きっと、満足できる最期だったはずです」


「そうか。あのファビオでさえロレンツィオに取り込まれたか……」


 どこか悲しげな表情をする殿下。実際に時を共にしていた殿下にとって耳の痛い知らせであり、英雄が悪に染まった事は何より悲痛だろう。ただ、ただ、ロレンツィオが許せなかった。


「私の力がもう少しあれば……」


 そう言いかけた途端、私の右腕に例の激痛が稲妻の如く駆け抜けた。思わず膝を付いてその左手で右腕を押さえ込む。


 また暴走する――経験した事がある感覚が必死に叫んでいる。次は誰を傷付けるか分かりもしないし、私を押さえ込める父もいない。もう誰かに手をかけるのはうんざりだ。


「またか……!」


「私を牢に閉じ込めてくれ」勝手に動き出そうとする右腕を全力で押さえる。「早く!」


「殿下……!」


「アリウスの言うとおりにして、地下牢に入れるのだ。ピエル、お前も見ていないで手を貸せ!」


 珍しく殿下が怒鳴ると、柱の影で見物していたピエルが渋々出て来てヨエルと共に、腕を胸の前で交差させた私を鉄の鎖で縛り、そのまま城の地下に連れて行かれる。


 この地下牢は相当前に捕虜の確保を目的に造られたもので、今は全く使用されていない。最も監視室に近い牢に私は自ら入り、ヨエルが牢に鍵を施す。暗くて湿った空気がどんよりと重くのしかかる。


「アリウス……」


「気にするな、ヨエル」私は地面に腰を下ろす。「こうでもしなければ私はこの国を滅ぼしてしまう」


「……分かった。また後で様子を見に来る」


 彼は渋々といった様子で監視室の階段から上に戻って行ったが、ピエルだけは私を見つめたまま動かない。


「……どう、した……?」


「父は最期に何て残した?」


「父? ……なんだって?」


「ファビオこそが俺の父親だ」彼は鉄格子に寄りかかり、私に背を向ける。「父が二十歳の時に俺は生まれて、同時に母を亡くした。そして、俺が八歳の時に父は心臓病で帰らぬ人となった。今の俺の年齢こそ父が死んだ年齢と同じ。父も母も、お前も死んだ。きっと次の戦争で死ぬのは俺だな」


「勝手に死ねばいい」私は痛みを堪える事で精一杯だったが、どうしても伝えたい事があった。「だが、死ぬ事によって悲しむ人がいる事は忘れるな。私のように死神となれば別だが、普通なら二度と会う事は叶わない」


「それくらい分かっているさ。ただ――」


 ピエルは私を振り向いて性に合わないくせに苦笑した。


「父に会えたお前が羨ましいだけだ」


 そう言い残して地下牢を後にしたピエル。


 私は驚きを隠せなかった。あのファビオの息子がピエルだったなんて、誰が分かるだろうか。殿下は知っていたに違いないが、あえて言わなかったのだろう。


 ピエルの父に対しての執着心は強い。愛情に満足しないまま成長したためだ。彼がまだ生きていれば、ピエルももう少し明るく前向きな人間だっただろうに。


 ようやく腕の痛みが治まってきたかと思った瞬間、私の背後に気配を感じた。ためらわずゆっくりと振り返ると、契の神殿で私を召喚した、私が“彼”と呼んでいるジゼラが静かに佇んでいた。光が失われたその曇った瞳が、私の姿を映す事はない。


「哀れな格好ですね、ロレンツィオの餌食となりましたか」


「……私を殺しに来たのか」


 私には思い当たる節がある。それは死神の掟である。任務に背けない、失敗すれば朽ちる、人間を手助けしてはいけない、違法者は処罰される。この四つのうち、私は三つ目の掟を違反していた。任務を放置し、現世のくだらない戦争に自ら飛び込み、ドミンゴという国に加担している。既に違法者だ。だから、ジゼラは私が一人になった頃を見計らって始末しに来たに違いない。


「それは貴方自身が違法者だと自覚している、という事ですね?」


「ああ」


「その件ですが、現在、王の特例により掟が無効化されています」


 私は目を丸くした。


「……何故?」


「戦争中だからです」彼ははっきりと言い切る。「戦争ともなれば、見境なく人間が死にます。それにより、死神は任務のターゲットとなる人間の魂を確実に捕らえる事ができません。よって、戦時中のみ掟を無効としていち早く戦争を終結させ、再び任務に戻る事を王はお望みなのです。もちろん、戦争が終わった瞬間に今の任務が続行されます。その間にターゲットが死んだ場合、王から新たな任務を与えられる事となっています」


「……それは“威厳の竜”にも伝えられているのか?」


「いいえ。あのお方は既に王の任務を拒否している違法者です。これまで幾度となく王や私の手から逃れて来ましたが……丁度良い機会ですね。貴方にヴァロ・ベルマンの始末を頼みましょう。もちろん、これも王からの命令ですが、特別報酬も用意されています。これを成し遂げた時、貴方には自由を与える事となっています。任務に縛られない、自由な第二の人生を保障しましょう」


「本当だな?」


「ええ、嘘を言う趣味はありませんので。しかし、現在の任務は確実に遂行していただきます。自由はそれからです。……そうそう、貴方にはロレンツィオのお話をしなければなりませんね」


 彼はそこに正座する。こほん、と小さく咳払いした。


「元々、ロレンツィオは王によって試作された最初の死神なのです。貴方のように人間として生まれ、人生を歩んだ人ではなく、生まれた瞬間から肉体を持たない魂だけの存在でした。最初は抜け殻のような人物でしたが、徐々に強過ぎる自我が目覚めてしまい、いつしか全てを支配できる存在になりたい、という欲求を叶えるために神殿を出て現世に住み着くようになったのです。彼は、彼自身が抱く闇を用いて死神を次々と怪物にし、マリオネットという、あってはならない戦争の道具まで作り出してしまいました。何とか王と私、その他の死神で彼を食い止めようとしていますが、力は成長する一方で、既に王すら手の届かない存在までになってしまっています」


「それではどうする事もできないでないか。ただ黙って見ているつもりなのか?」


「いいえ、私は言いましたよね? 彼は王の“試作”である、と。完成品ではないため、王は彼に制限時間を設けています。ある程度の時間が経過したら、自動的にその魂が消滅するように。しかし、それを知っている彼は成長した自らの力で消滅を食い止めている状態です。後は彼の力が弱体化さえすれば、自滅してしまうはずなのですが……きっと、時は訪れますね。もうそれも近いでしょう」


「待て!」立ち上がって去ろうとするジゼラを呼び止める。「ロレンツィオが白の魔法石を奪った事は知っているか?」


「ええ、もちろんです。けれど、それはロレンツィオに何も与えません。貴方がお仕えする人物がいずれ真実を明かすはずです。貴方が聞けば答えてくれるでしょう。では、また……」


 一礼して闇の霧となって消えたジゼラが残したものは静寂のみだった。

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