6-3

「な、何だったんだ……?」


 唖然とするヨエル。私もただそこに立ち尽くし、状況を整理するので必死だった。


 何が、今、どうなっているのか。ファビオに似た男が突然ヨエルを襲い、笛の音が鳴ると同時に撤退した。簡潔にまとめるとこうなるのだが、不明な点が多々見受けられる。だからといって、今ここで推理する時間はない。


「おい、ベクから煙が上がっているぞ!」


 兵士の一人が進行方向を指差して大声を上げた。つられて一斉にその方向に顔を向けると、エッケハルトの時のような不吉な黒煙が火の粉を散らしながら空高く伸びているではないか。


 私の中で黒煙とロレンツィオはイコールで結ばれていたため、無謀な私はヨエル達を置き去りにし、単騎で部隊を飛び出てベクの村に急行した。


――それはもう、救いの手を差し伸べなかった神を恨むしかなかった。


 無残にも焼け野原と化したベクの光景。停車している輸送車から鼻がもげそうになる異臭と炎が上がり、地下の出入り口からも鎮火を知らない業火が噴き出す。人の姿はなく、だからといって死体も見当たらない。


「酷過ぎる……」


「まるで世界の真の姿を表しているようだろう?」


 背後からの声。


 もしやと思って振り返れば、赤い瞳が真っ白に染まったロレンツィオと、先程の道中で私達を襲撃したファビオに似た男が、当たり前のようにそこに立っていた。やはりそうだったか。


「この男はファビオだよ」ロレンツィオは私の心の内を見抜いたらしい。「彼は真の死神として絶大な力を得て、僕に従っているんだ。正直、なりそこないの君よりは少なからず気に入っているよ」


「冗談はよせ。ファビオさんは貴様の犬に成り下がるような男ではない」


「簡単に他人を信用する事はこれ以上になく恐ろしいね」ロレンツィオはファビオに似た男の肩に手を乗せた。「ファビオ、ここは頼んだよ。僕は次の仕事に取り掛からなければいけないからね」


「ロレンツィオ! また逃げる気か!」


 炎の中に消えようとするロレンツィオを追いかけようとするが、突然、私は胸倉を掴まれて投げ飛ばされた。視界が大きく乱れて、視点が定まった時にはロレンツィオはもういなかった。代わりにファビオに似た男が私の行く手を遮る。


「ファビオさん……!」


「アリウス……僕は欲に勝てない愚かな竜騎士だ」彼は背中から槍を持ち出した。「ロレンツィオは僕の欲を見抜いていた――心身共に強くなりたいと――そして、その誘いに乗ってしまった僕は人間としても死神としても失格だ。許してくれ、アリウス。もうこの体は僕の命令を聞かない……!」


 彼の優しい口調に反して体は猛攻を仕掛けてきた。


 私は起き上がると同時に槍で槍の切っ先を受け止め、振り払って体当たりをする。吹っ飛んだ彼は怯む間もなく攻撃を再開する。その後の私は攻撃を避けるだけの防戦一方だった。

 何故か彼に刃を向けられないのだ。私が心から尊敬した相手を傷付けるなんて……考えられない。しかし、このままでは状況は動かない。意を決して戦うしか選択肢はないのか。果たしてこの私に彼を倒せるのだろうか。不安だけが過ぎる。


「僕を殺してくれ」ファビオの口から出た言葉に、私は自身の耳を正常かどうか疑った。「犯罪の片棒を担ぐつもりはない。お前の手で――始末してくれないか」


 言葉に詰まる。それは――。

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