6-2

 こんなにも本格的な戦争はいつ以来だろうか。以前愛読していた白の大陸の歴史書によると、元々存在していた国はユルゲンのみであって、そこからエッケハルト、ドミンゴが独立したらしい。その後に何度か小規模の抗争が勃発したようだが、すぐに沈静化したと記されている。


 ならば今回の戦争が白の大陸にとって歴史書に残る大イベントという事か。もしかしたら、その時には一つの国が消滅しているかもしれない。それがドミンゴか、はたまたユルゲンか。全ては神に運命を託そう。


 その後、私はもう一眠りし、夜が明けて間もなくしてドミンゴに到着した。先日、エッケハルトがユルゲンの襲撃を受けていた事実をハンス王子に伝えると、王子は私達に礼だけを言い、エッケハルト兵を引き連れて祖国へと帰還した。


 それからすぐに私とヨエルは部隊を率いてベクの村の制圧を命じられ、残された父の部隊は竜騎士ピエルが緊急の代理隊長を務める事となり、私とピエルを除くマルコ、ルーカス、ヴァイロンの三名はそのまま父の部隊に所属するという方法を取った。


 殿下はきっと、現状での単独行動は危険だとお察しになられたのだろう。竜騎士が部隊に入るなど前代未聞の出来事だ。協働はよくある事だが、部隊そのものに身を寄せるなど断じて有り得ない。どれだけ今が緊急事態なのか、現状を見ればすぐに分かるだろう。


「それでは、行って参ります」


「待て、アリウス、ヨエル」城の外まで私達を見送りに来ていたクレイグ殿下が険しい表情で忠告する。「例え村人達が反撃してきても手を出してはならんぞ。これ以上、罪なき人間の命を奪ってはならぬ。必ずや、ベクを邪悪なる闇から救出するのだ。我々ができるせめてもの手助けだからな」


「分かっております、殿下」


 ヨエルがそう言うと、殿下と共に来ていたシモンが胸の十字架のネックレスを握って呟く。


「神のご加護がありますよう、願っております。貴方達にも、ベクの住人達にも」


 私達は頷き、歩兵と馬車、それから騎馬隊を引き連れて昼間のドミンゴを出た。


 若干の雲はあったが、晴天と呼べる天気だった。死人の私には眩しいくらいだ。


 私とヨエルは部隊の列の中央辺りを歩き、これから戦地に赴くというのに無駄話に花を咲かせた。過去の話や将来の話。結婚、子供、家族など、戦場に身を置く私達には縁のない話ばかりをしていた。


 余計な事を言うとすれば、一年前、ヨエルは将来を約束していた恋人と別れた。原因は特にないが、ヨエルから離れたと私は聞いた。ヨエルはいつ死ぬか分からない戦場で戦う事を仕事とする兵士である。その兵士の恋人は毎日帰って来るようにと願い、祈り、不安から凄まじいストレスを受ける。


 一度、恋人が精神的ストレスによって倒れた事があり、きっと今後も迷惑をかけるからとヨエルは恋人の体を心配して別れたのだ。未練がある、というのは当たり前だろう。好きなのに別れた、そして彼女のストレスの原因は自分にある、というショックによく彼は耐えられたものだ。


 私であったら別れた事を悔やみ、原因である自分自身を酷く追い詰め、憎んだであろう。愛する人を失うというのは、自分を失う事よりもショックが大きく、自身に酷く変化を与える残酷なものだ。


「危ない、ヨエル!」


 会話の途中で右脇の茂みの中から飛び出た黒い物体が、丁度右側を歩いていたヨエルに飛び掛り、乗馬していた彼を地面に叩き落した。焦って彼は黒い物体を跳ね除け、上体を起こして剣を抜く。


 黒い物体は低姿勢で唸り、こちらを執拗に睨み付ける。少なくとも人間である事は確かだが、果たして獣のように唸る人物に言葉は通じるのだろうか。


 鼻から下は黒いマスクで覆われ、胸まで垂れ下がった黒髪の間から、ぎらつくように不気味に光る青い瞳は人間のものとは思えない。だが、外見は人間である。マリオネットではないようだが……ユルゲンが仕向けた新手の敵だろうか。


「ファビオ、さん……?」


 咄嗟に私の口から出た言葉は、“あの人”の名前だった。視覚は別人だと訴えるが、本能的な感覚はファビオ本人だと言っている。


 黒い髪と青い瞳――しかし、生気が感じられない。死神なのだから死んでいて当然だが、最初に会った時のような柔らかいオーラを感じないのだ。人には必ず気配というものがあるが、彼からは気配というものは放たれていない。まるで金属の冷たい“物体”のようだ。


 私が馬から降りて彼に近付こうとした途端、口笛のような高い音がどこからか響いた。すると、ファビオに似た男は小さく舌打ちをし、立ち上がってすごすごと茂みの奥へと消えて行った。

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