第六章 開戦宣言

6-1

「父上、お下がりください」


 私は槍を片手に父の前に出た。


「何のつもりだ、アリウス。帰れと言っただろう!」


「父上はこんな汚れた地に没してはいけません」魂ごと捨てる固い決意をした私は、父が伸ばした手を胸が締め付けられる思いで振り払った。「父上の代わりに私がここに残ります。さあ、行ってください。私は既に肉体が朽ちた死者です。父上はまだ生きている。命を無駄にしないでほしいのです」


「俺はもう十分生きた」父は私の隣に立ち、力強く呟いた。「お前も立派に成長したし、生涯をドミンゴに尽くし、素晴らしい地位も得た。これ以上は何も求めない。死ぬなら共に死のう、息子よ。母さんが天国で待ってる」


 頷いた私は前方に視線を向ける。そこにはユルゲンの双璧が堂々と聳え立っていた。周囲には無数のユルゲン兵が私達を包囲している。


 二人では勝ち目がないか、と思った矢先に腹部に激痛を覚え、視界が揺らいだ。最後に映ったものは「すまん、アリウス」と言った父の将軍としての後姿だった。







 はっと気付けば、私は馬車に揺られていた。上体を起こすと殴られたであろう腹部が鈍く痛む。


「起きたか」


 静かに発言したのは、目を閉じていたハンス王子だった。夜中のため暗くて王子の表情は伺えないが、あまり好ましくない状況に立たされている事は察した。声のトーンがあまりにも低い。


 もしや……いや、考えたくもないが、父が死んだのか? あのまま私を気絶させて、単騎で大軍に突っ込んだのか? 何てことだ。尊敬すべき父、最後の家族を失ってしまった……どうして止めなかったのだ。どうして誰も助けなかったのだ。ドミンゴは父を見捨てたというのか。


「ガルシアさんは死んでなんていない。ただ――」


 ぼそっとハンス王子がこぼす。


「ただ?」


「ただ、殺さない代わりに捕虜となった。お前が気絶した後、クリスタ本人がやって来てこう条件を提示した。《この男を解放してほしくば、エッケハルトと協力せず、ドミンゴの力のみで我がユルゲンと真っ向から勝負せよ。勝利の暁には戦利品として男を無傷で渡そう。敗北した場合、生存者も皆殺しとする》とな。要はクリスタがドミンゴに最大級の挑戦状を叩き付けたというわけだ」


「正式な開戦宣言、か……」


「そうだ。こうなった以上、エッケハルトはむやみに手出しできない。だが、できる限りの援助はするつもりだ。こんな小国が同盟を結んだところでユルゲンに太刀打ちできるかどうか問題だが」


 私は黙り込む。

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