5-5

 槍を握る手に一層の力が込められ、同時に走り出した私とヴァロは真正面から槍を十字にさせて激突した。相手を押し返して矛を突き出すが、数ミリのところで空を切った。


 大きく横に振られた槍をしゃがんで避け、その体勢のままヴァロの足元を蹴って崩すが、彼は私の胸元を掴んで支えにして逆に体勢を崩した私の背後へと回る。すぐさま振り向くと既に刃が目の前まで迫っており、危機一髪のところを回避する。


 ヴァロとの距離を開けた私の右頬から一筋の血が流れた。それを手で拭って倒すべき敵を睨む。


「互角といったところか。だが、我は以前とはひと味違うぞ。我は死神の力を味方につけたのだからな」


 何を始めるのかと思いきや、なんとヴァロは槍を投げ捨てて素手で構えた。竜騎士が槍を捨てるなど言語道断。死神の力に溺れて、騎士の誇りを忘れたのだろうか? 奴に限ってそれはありえないのだが……。


 頭に思考を巡らせていた瞬間、ヴァロは目にも留まらぬ速さで私の背後を取った。


 驚いて体を捻ったが遅く、たった右腕の一発の攻撃で私は二メートル近く吹っ飛んだ。殴られた左肩が酷く痛む。


 よろけながら立ち上がると彼は懐に飛び込んで、腹部に五発、顔面に六発、最後に回し蹴りを受けて再び私は地面に伏せた。口元からは血、目元や頬に打撲、あばら骨が一、二本折れていてもおかしくない。裂傷がないだけマシだ。


「どうした。動きが亀よりも鈍いぞ。もっと素早くならんのか?」


 起き上がれない私の胸元を右手で掴み上げ、私の体が宙に浮いた。首元が服で絞まって息苦しい。全身に力が入らず右手の槍を手放す。


 ――力の差があり過ぎる。私があちこち出歩いていた間、彼は着々と力をつけたようだ。今の私では敵わないかもしれない。どうにもできない敗北感を味わった瞬間だった。


「アリウス!」


 ヨエルが叫んだ。しかし、首が絞められている私は声すら出ない。


 必死に両手でヴァロの手から逃れようとするが、全くびくともしなかった。彼は左手を出して首を掴んでくる。息ができない。苦しい。


「アリウスから離れぬか!」


 怒鳴ったハンス王子が威厳の竜に体当たりしようとするが、周りのユルゲン兵に押さえ付けられる。何とかしなければ……このままでは絞め殺されてしまう! 私は――こんなところで死にたくはない。ヨエルの悲しむ顔はもう見たくない。奴にも負けたくない。失敗したくない。守りたい。


 体の奥から沸々と込み上げる力を感じ、怪物と化した私の両手でヴァロの手を思い切り握り締める。鎧の上からだったが漆黒の鉄に罅が入り、焦ったように彼は私を放り投げる。


 手の甲からぱらぱらと鎧の破片が落ち、私は不敵な笑みを浮かべて体を起こした。


「死神は誰もが呪われている。それが吉と出るか凶と出るか、人それぞれだが私は凶と出た。この手がいい代表例だ。あっと言う間に私の体は呪いに蝕まれた。そのうち全身が食われる。その代わり、私は強大な力を手に入れた。誰かを守るための――この力に貴様は膝を着く」


「下らん戯言を」ヴァロは鼻で笑った。「呪縛に捕らわれているのは貴様だけよ。我は神の域を超越した“真の死神”だ。貴様ごとき、怪物などという下等に成り下がった死神は我に歯も立たぬ」


「そうと決めるには早過ぎないか?」


 私は強気だった。


「この、烈火の如く猛攻に果たして着いて来られるかな?」


「強がりは後に恥じる事となるぞ。己の言動を悔やめ」

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