5-2
私は一礼し、静かに俯くハンス王子の前から立ち去った。
死を目の前にしても尚、それを恐れない前向きな心。さすが、王の器を持つお方だ。私の二歳年上、弱冠二六歳という若さだが、彼ならばエッケハルトを更に素晴らしい国として成長させ、芯の強い国を作り上げてくれるだろう。
たった一人で宿に帰宅した私を見て、早速ヨエルが質問を投げてきた。
「ハンス王子はどうした? 居なかったのか?」
「きちんと地下牢の隅に居たさ」私はベッドに腰をかけて実体化をした。体がずんと重力を感じる。「でも、あの状態で脱出は不可能だから、当日の方が良いと王子が提案されたのだ。正午に移動を開始するようだから、ユルゲン城前の威厳の石橋なら成功すると仰っている」
「要は今日一日待てという事だな。しかし……隠れ場所もない石橋の上でやるとは、少し無謀過ぎないか? 警備も分厚いだろうし、第一にその数を二人で相手するという事自体が間違っていると思うんだが……ましてや王子を守りながら戦わなければならない。一歩間違えば全滅だぞ」
「成功すると願えば必ずそうなる。王子が言った言葉だ。王子は諦めていないのに、私達が弱気でどうする? 今日は現地偵察もして、しっかり一ミリの狂いもない作戦を練るぞ」
実体化を解いたまま、私とヨエルは昼過ぎに石橋へと向かった。
城を囲むようにしてある深い堀に水が溜められ、唯一城への道である威厳の石橋。この名前の由来は十五年ほど前、大規模な盗賊がユルゲンを襲撃した際、金銀財宝を狙う盗賊達から、この石橋の上で“威厳の竜”と称される一人の竜騎士が城を守った事からそう名付けられたのである。
一国の王すらも震え上がらせる威厳を持つ人物。全身を漆黒の鎧で包み、名前も顔も性別も、全てが謎に覆われている。だが、四年くらい前にその人物の命は私が頂いている。
まだ私が二○歳の頃、威厳の竜から果たし状を受けて、白の大陸の中央に位置する“アルドの闘技場”にて一騎打ちを行い、私が勝利した。その時、威厳の竜は敗北した自らを殺せと志願し、騎士として名誉ある死に方をさせようと思い、私の槍は奴の心臓を貫いたのだ。
それ以来、当たり前なのだが威厳の竜の噂も、情報も、何もかもが途絶えてしまっていた。誇り高き竜騎士だったが、残念ながら国民には受け入れられていなかったのだ。あまりにも奴は一般人にとって残酷過ぎる事を平然としてしまっていたから。
「これは……石橋を渡りきった瞬間に襲うしかないな」
ヨエルは石橋を目にした途端にそう呟いた。
当日は橋に近付く事さえ困難かもしれないが、見物人として潜り込み、混雑した大勢の中から飛び出して王子を護衛する警備兵に襲い掛かればいいだろう。
「もし明日にまでドミンゴから援軍が来なかったとして、どうやってユルゲンを出る?」
「問題はそこだろう」私は頭を抱えた。「やはり応援を頼むか……」
その時だった。賑やかだった大通りからの声が一瞬で悲鳴に変わり、馬の蹄の音が段々と近付いてくる。
「盗賊だ! 全員逃げろ!」
城の兵士達が声を荒げて叫ぶ。私達も建物の陰に隠れて様子を伺う。
一○人……いや、二○人程度を引き連れた中年のがたいの良い男が馬に跨ったまま石橋の手前で止まる。
男の睨みを利かせた目線の先には、城側から石橋を堂々と歩く黒い鎧の人物。右手には貴重な黒い刃の槍。あの赤い筋が刻まれた鎧は……まさか!
「よう、また会ったな。今回は前のように黙って帰りはしねえぜ」
「去ね」黒い鎧の人物は低めの声で言い捨てた。「早う去ね。我と刃を交えようとは笑止」
「てめえ、でかい口を叩いてくれやがる」頭に血が上った男は馬から飛び降り、二メートルほどの大剣を片手に怒鳴り散らした。「俺様を誰だと思ってる! 東部の覇者、盗賊王のヤン様だぞ!」
「聞く耳を持たぬ人間は哀れよ」
その人物が下を向いた時、盗賊ヤンは勢い良く走り出して鎧の人物に大剣を振り下ろした。しかし、刃は鎧の人物の左手で呆気なく受け止められていた。それも音を出さず、静寂を保ったまま。
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