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目指すは北の地に建つ敵国ユルゲン。まず国へ侵入するには領地の監視を潜り抜けなければいけない。それが最大の難関と言えよう。
戦争中という事もあって警備もより厳重になっているだろうし、ロレンツィオの支援もあって敵の戦力は未知の次元に達している。
マリオネット以外の情報は皆無で、おそらくクリスタは大々的に処刑日を公表して、我々をおびき寄せるつもりだろう。そこで大量に用意した戦力で叩き潰すという戦法だ。といっても、これまで予想が的中した事はほとんどない。予想するだけ無駄だ。
「今回は本当に――辛い目に遭うかもしれないな」
揃って道中を進んでいる時、ぽつりとヨエルが漏らした。それは何故かと私が問いかけてみると、彼はぎこちない苦笑いを浮かべて言った。その時、ヨエルの体は微かに震えていた。
「武者震いではないって事は自分でも分かっている。ユルゲンを相手にハンス王子を救出できるのかって、不安で、不安で仕方がなくて、本当は行きたくないなって思っていた。でも、今更戻れないし、アリウスもいるから大丈夫だって自分自身に言い聞かせているけど、震えが全く治まらなくて……」
「そこまで心配する必要はない」珍しく私はやけに強気だった。「任務も成功するだろうし、必ずや殿下が援軍を送ってくださるはずだ。それに――お前は生死の境目と呼ばれる戦場から生還しているではないか。ヨエル、自分を信じろ。信じる事から全てが始まるんだ。お前が不安を抱えていると、私も不安になる」
返事を待たずに私はヨエルの前に出た。少しでも考えさせるためだ。
私が死んでから目まぐるしく時間が過ぎ、休みを与えないほど連続で不幸が起こっている。元はと言えば、私の死が原因だろうか。
死体を加工したマリオネット製造の真実、エッケハルトおよびドミンゴ襲撃、白の魔法石奪略、ハンス王子の公開処刑日決定……戦争時代としては当たり前なのだろうが、あまりにも急激過ぎる。
まだ本格的に開戦宣言をしていない今、正直言ってユルゲン以外は戦争どころではないはずだ。強欲かつ残虐なクリスタが白の魔法石を使用したならば、たった数ヶ月で世界は崩落する。
我々は戦いよりも阻止する事に必死なのだ。世界が滅べば戦争どころか、自身の命の保障さえなく、戦いよりも世界崩壊は意味がないものだ。生存者さえ残らぬかもしれないのだから……これ以上、人間から生きる希望を取り上げてはならないのだ。――絶対に。
「見ろ、そろそろユルゲン領だ。どうやって監視の目から逃れる?」
先に丘の下に広がるユルゲン領の密林を眺める私の後ろから、遅れて来たヨエルが答えた。
「森から行けば怪しまれる事間違いない。だから、あえて城下町の方から城に向かおう」
「な、何を言っているんだ。そんな事ではすぐに見つかるだろう」
「大丈夫だ」ヨエルは自信に満ちた表情をして、私に黒いローブを差し出した。これを見ると私に任務を与えた死神の王を思い出す。「これで身を隠して、アリウスは実体化を解いて俺の後ろを歩いてくれ。俺は商人を装って城の広場に近付く。実は城下町の方が警備が薄いんだ。城下町に入りさえすれば、任務成功も同然って事。どうだ、だてに考えていたわけじゃないだろ?」
「それは“何も起こらなければ”の話だ。もし城下町に霊感がある者が居たらどうする?」
「アリウスが黒いローブを着て俺の後ろを歩けば、俺に憑いた死神くらいにしか思われないだろう」
「……それもそうだ。なら、まずは密林を右に迂回して正規ルートに向かおう。部隊も旅人も国民も使うルートならば歩いていてもそこまで怪しまれないだろうし、最も安全と言える。戦闘を回避する手段はこれしかない。国内で騒ぎを起こすのは援軍が到着してからだ」
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