4-3

「やっと起きたか。体の方はどうだ?」


 ドアが開き、暗い表情をしたヨエルが入って来た。彼はベッドの隅に腰を下ろす。


「すまない……迷惑をかけて。大丈夫だ。それより、怪我はしなかったか?」


「打撲くらいさ。何も心配する必要はない。が、俺達が来る前に何があったんだ?」


「それは……」口が一瞬で重たくなるが、事実を伝えるために渋々明かす。「ロレンツィオは……死神だった。彼は私を真の死神にしようと何かを体内に埋め込んだのだ」


「真の死神? 今がそうじゃないのか?」


「奴が言うには、精神も肉体も全てが無になる事こそ真の死神の定義らしい。それがどういった状態なのかは不明だが、私が思うにそれはただの怪物に過ぎない。この腕のように……私は怪物になりかけた」


「ロレンツィオ……クリスタよりも強敵かもしれないな」


「そうだな。それに――」私は右手を優しくさする。「現世に来ているのなら任務もあるはず。これから調べなければならない事が山積みだ。エッケハルトや殿下のお体の事も気がかりだが……」


「ああ、そうだった。殿下はもう大分回復されたぞ。シモンも仕事復帰している。一番重傷だったのはお前みたいだな。五日間もずっと眠り続けて……このまま目を開けないのかと怖かった。あの時のように、お前はまた俺を置いて消えてしまうのではないかって」


 久々に彼の暗い表情を見て、私は言葉を失った。


 どうすればいい? 彼に大丈夫とでも言って、安心させるべきか。いや、それではありきたりで心には響かない。今の私にできる事は――。


「私はお前が死ぬまで守ると誓ったはずだ」右腕を覆う包帯を巻き取りながら、私は続けた。「例えこの体が怪物に成り果てようとも、例え魂が黒く染まったとしても、私はお前から離れない。だから――だからそんな顔をしないでくれないか。私を闇から引きずり出してくれた光が輝かなければ、私はまた闇に落ちる」


 ヨエルは視線を下に向けて沈黙した後、唇を噛んで私に笑って見せた。


「ごめんな。お前が嘘つくはずがないのにな。本当にごめん。そうだ、殿下に顔を見せに行かないか? 殿下もとても心配していたし、心労がたたっている今、少しでもそれを取り除いてやらないと」


「分かった、行こう」


 私は服を着替え、ヨエルと共に大公の間へ向かった。


 五日間も眠りっぱなしだけあって体が重く感じ、中々言う事を聞いてくれない。しかし、痛みがないだけマシだった。右腕も自由に動かせられるが、未だに元の人間の腕に戻る気配はない。


 きっと一生このままだと思うし、ロレンツィオが私の体内に入れた謎の物体は消えたわけでもない。


 この先、左腕や別の箇所も右腕同様、人間から程遠くなる外見になるかもしれないが、それはそれで受け入れようと私は考えていた。怪物になったからといって、私は消滅しないだろうから。


「殿下、お体の方はいかがですか?」


 私達は揃ってクレイグ大公殿下の前に立っていた。


「国もわしも万全だ。皆も無事で何より。ほぼ無傷だった事が幸運と呼べるだろうのう」


「しかしながら……申し訳ありません、殿下」私は深々と頭を下げる。「殿下も魔法石も守りきる事ができませんでした。殿下には痛い目を見せてしまい……私はどんな罰も受ける所存です」


 もう覚悟していた。


 魔法石は白の大陸を安定させるための最も重要な楔である。神々が私達地上の住民に信頼の証として託した物であり、平和を保つ役割を担っている。


 各国が欠片を所持し、それを一つに戻す時は世界の最大の危機が迫る時であると、我々の先祖が掟を定めた。だが、魔法石は今や魔の手に落ち、別の意味での危機に陥っている。私が魔法石を奪還できなかった事は、死罪に値するはずだ。


 そう思っていたが、やはり殿下は心が優しいお方だった。


「罰を与えるわけがなかろう」殿下は跪く私の目の前でしゃがみ、変色した私の醜い右手を両手で握り締めてくれた。「お前はよく頑張った。こんな姿になっても必死で戦ってくれた。ありがとう、アリウス。お前が戻って来てくれて本当に良かった。わしはそれだけでも満足だ」


「殿下……」


「是非ともゆっくり話を聞きたいが、一つだけやらねばならん事がある」殿下は立ち上がり、玉座に戻って険しい表情で続ける。「先日、ユルゲンに捕らわれているエッケハルトのハンス王子の処刑日を、クリスタ本人が三日後に執行すると公表したのだ。処刑は王城前の広場に特設された処刑台で行われるらしい。一刻も早くユルゲンに乗り込み、王子を助け出さねばならん。まだ疲労も取れていないだろうが、エッケハルトの復興に兵士を送り込んでいて人数不足になってしまっていてな……ガルシアや他の竜騎士達も今はエッケハルトの復興を手伝っている。たった二人でユルゲンに向かわせるには多大なリスクもあるだろうが、他に誰もおらぬ。……お前達、行ってくれるか?」


「お断りする理由などありません、殿下」私ははっと気が付いて右腕を後ろに隠す。「もちろん行かせていただきます。殿下にはここへ生還して来てから、好きなだけお話しましょう」


「うむ、ヨエルも……アリウスの事を頼んだぞ。必ずや王子と共に生きて戻るのだ」


「はっ!」


 気合を入れて同時に声を出し、武器を手に再び馬を使ってドミンゴを出発した。

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