第四章 迫る処刑日
4-1
「私の槍に全ての怒りを乗せて……!」
小さく呟き、刃をロレンツィオに突き出した。彼は細身の剣にもかかわらず私の刃を刀身で受け止める。じりじりと火花が散り、私達は互いに睨み合った。私が映る赤い瞳と、彼が映る灰色の瞳。どちらの目にも光はない。
私は相手の剣を振り払い、彼の背後に回り込む。しかし、彼は体を捻って私の刃を強引に弾き返して矛先で突いてくる。
その攻撃を姿勢をかがめて避けた時、後ろで髪の毛を束ねていた紐が切れた。ほどけた金髪が視界を遮るが、低姿勢のまま奴の腹部に蹴りを入れる。
ロレンツィオは呻き声を発し、数歩後退して私を睨む目が一層強くなった。
「今のは……結構効いたよ」
彼の口角から一筋の赤い液が流れる。私の格闘技の威力をなめてもらっては困る。死に物狂いで身に付けたのだ、一発で内臓を損傷させるくらい容易い。本気を出せば――殺人だってできる。
「甘く見るなよ、ロレンツィオ」私は自信ありげに宣言した。「塵となるのは貴様の方だ」
「強がるのは僕を殺してからにしなよ」
ロレンツィオの声色が変わった。先程よりも殺意が込められて低くなり、脅迫するかのような口調に変貌する。
ようやく本気を出したかと思いきや彼の姿が突然消え、背後に悪寒が走った。腰に剣の先端を当てられ、耳元で彼の声が発せられる。
「死ぬ時もこうやって背中を取られたんだろう? 無様な騎士だね」
「……どうしてそれを知っている」
「ファビオから聞いたのさ。“無理矢理”ね」
「貴様……! あの人に何をしたのだ!」
「おっと、興奮して動くなよ。何もしてないさ。ただ中々口を割らないから、取引をしたんだ。君の情報と、僕が持っているファビオの兄の魂をね。それだけさ。本当にそれだけ。聞くほどでもないだろう?」
私は動けぬまま歯を食い縛った。
この男は――この死神は同じ死神を仲間として見ていない。扱いづらいただの道具としか捉えていないだろう。それに魂を取引材料にするなんて死者への冒涜だ。
私に言わせればロレンツィオは異常だ。自分に酔いしれているのか、質問以外の事も口にして芝居のような言葉を選ぶ。世の中には想像を超える異常者が存在するようだ。
「君は愚かとしか言いようがないね」彼は口元の血を拭い、この状況でも笑みを浮かべる。「終らせてあげよう。君の理性も、肉体も、全て破壊してやる」
危険だと察知した私は離れようとしたが、彼は私の背中に何かをぐっと押し込んだ。小さな何かが体内に侵入する感覚があり、同時に体験した事がない激痛が腰部から全身に広がる。それはまるで内側から肉を引き裂かれているような痛み。
足が痺れて力なく膝を付くが、痛みは一向に治まる気配を見せない。
「私の体に、何をした……!」
「なあに、死神の姿を取り戻すための手助けをしただけさ」ロレンツィオは笑いを交えて言った。「真の死神というのは、精神も何もかも無にした存在なんだ。理性があり、魂が創造した仮の肉体がある死神はただのなりそこないなのさ。そして、この僕が真の死神にしてあげるために手伝ったんだ。ありがたく思いなよ。もしかしたら、精神崩壊と共に忘れてしまうかもしれないけどね」
「戯言もいい加減に……!」
私がそう言いかけた瞬間、背中の肉が完全に裂けた感覚があった。あまりの痛みに私は言葉にならない叫び声を発する。
ふと私の視界の隅に入ったものは、赤黒い血液が点々と付着した灰色の翼。これは何だ……どうなっているんだ……?
徐々に私は気が狂い、怒りと憎しみに全てを任せてロレンツィオに襲い掛かるが、簡単に避けられて私は全身を壁に強打する。途端に右腕が炎に焼かれるように熱くなり、皮膚が赤紫色に変色している事が分かった。爪も悪魔の如く鋭く伸び、そこだけを見れば怪物同然だった。
「やはり、感情的になっているほど変化が早いね。殺すのが勿体ないくらい美しい……そうだ、最後まで理性を保てたら僕の下僕にしてやろう。僕の代わりに世界を破壊するんだ。良い案だろう?」
言い返したいのは山々だったが、私はただ激痛による呻き声を出すだけで精一杯だった。呼吸も苦しくなる一方で、食い縛る歯の間からは絶え間なく出血して顎から床へ落下する。
もうどこもかしこも激痛だ。全てに痛みが伴っている。目も、頭も、指も――まるで私の一部ではないようだった。
それがあまりにも腹立たしい事だったので、私は右手を背中に回して右側の翼を掴み、強引に根元からそれを引き抜いた。既に翼は体と同化していたため傷口から大量に出血したが、構わずにもう片方も抜いて投げ捨てる。
叫びながら、肉を裂く痛みに耐えながら、私は私という存在を維持するために必死だった。真の死神なんて関係ない。私は私でありたいのだ。
「……そこまでして人間の原型を留めていたいか」ロレンツィオは呆れながら目を細め、見苦しい私を眺めた。「でも……無理だよ。君は僕の力を抑え込む事はできない。そのまま怪物と化すのさ」
「そこまでだ、ロレンツィオ!」
大公の間の扉が勢い良く開き、数人の兵士達が殿下とシモンを取り囲む。それに混ざっていたのは、ようやくドミンゴに戻って来た父とヨエルだった。私は安心してその場に崩れ落ちる。
「援軍か。けど、今更遅い。白の魔法石も頂いたし、自慢の竜騎士様もこの状態――」
ロレンツィオがそこまで言いかけた時、私は槍を左手に彼に飛び掛り、右手で首を掴んで床に押し倒して槍を胸部に突き刺してやった。彼は顔を歪ませて私を激しく睨み付け、血に塗れた私の頬に手を触れる。
「いつか必ず、僕の物にしてみせる……世界も、君も」
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