3-6

 私は宮殿を飛び出し、国の入り口付近でようやくエッケハルトに到着した父とヨエルの部隊と出会う。


「ヨエル、早く撤退しろ!」


「ど、どうした? 敵は……」


「ロレンツィオと共に退却した。そんな事よりも、ここの白の魔法石が盗まれてしまった。ユルゲンの次の標的はドミンゴだ。一刻も早く戻らねば殿下と国が危ないぞ!」


「怪物女め……!」父が珍しく悪態をついた。「アリウス、お前は先に行け! 俺とヨエルはすぐに後を追う。そうだ、エドウィン王は無事だったのか?」


「もちろん。……できるだけ早く頼む!」


 最小限の会話だけを交わし、私は馬に飛び乗ってエッケハルトを出た。


 雲行きが怪しく、今にも雨が降りそうだ。


 それに――嫌な胸騒ぎがして寒気に襲われていた。エッケハルトから撤退後、すぐにドミンゴを襲撃するとはあまり考えられないが、あの男の事だ。エッケハルトに部隊を集めさせておいて、無防備になったドミンゴを襲うに違いない。いや、ロレンツィオでなくても卑劣なクリスタでも同じ事をするだろう。


 どちらにせよ、ドミンゴが危機に晒されているのに違いはない。


 国に到着し、ドミンゴ大通りを駆け抜けて城門前で馬を乗り捨て、途中で何度も兵士と肩をぶつけながらも大公の間の扉を開いた。


 しかし、時既に遅く、赤い絨毯に伏せたシモンと――立ちながらにして鋼鉄の刃が腹部を貫通したクレイグ大公殿下の悲惨な姿があった。服を伝って流れ落ちる血液は溜まりを作り、殿下の目の前には、やはりロレンツィオの忌々しい顔がある。


「殿下!」


 私は殿下に駆け寄る。傷は深いが急所から外れていて命に問題はないようだ。意識もあるし、すぐにでも治療をすれば大丈夫だろう。


 それにしても……この男はどこまでやれば気が済むのだ。


「やあ、アリウス。僕の作戦に気付けた事に関しては褒めてあげよう。だが……遅かったようだね」


 私を見下すような口調は相変わらずのようだった。手には白の魔法石がしっかり握られている。どうやらドミンゴの壊滅ではなくて白の魔法石が目当てのようだが、どうして今、部隊を送り込まないのか。それでは二度手間になって面倒だというのに。一体彼らの真の目的は何だ?


「ロレンツィオ、その白の魔法石は貴様の計画とやらに必要なのか?」


「もちろんだよ」彼は魔法石を投げたり掴んだりを繰り返す。「これこそが白の大陸を支配するための鍵さ。神々が僕達人間に残した強大な力の欠片。それがこの白の魔法石なんだよ。これが三つ揃った時、所有者に世界を簡単に崩壊させられるような力が宿る。どんなものかは知らないが……僕が主に相応しいだろうね」


「どこまで強欲な男なんだ、ロレンツィオ!」


「す、すまない……アリウス……」私の腕の中で殿下が微かに声を上げた。「わしの失態だ……あの時、もっと冷静に先を読んでいればこうならなかったものの……」


「殿下は十分冷静でおられました」槍を側に置いた私は殿下を抱き上げ、シモンの隣に寝かせる。それからシモンの手首を持って脈を計った。まだ大丈夫だ。良かった……命を落とさなくて。私の二の舞にならなくて。「殿下はどうかお休みください。このアリウスが必ずや魔法石を奪還してみせましょう」


 愛用の槍を握ってそっと殿下から離れ、目を細めるロレンツィオに向き直った。


「黄金色の竜、アリウスが相手になろう。今度は逃げずにかかって来い!」


「くくっ……あはははは! 面白い。実に面白い愚者だ!」


 ロレンツィオは狂ったように笑い出し、腰の鞘から細身の剣を抜刀した。私の槍を握る両手に力が入る。


「僕は同士が相手だからといって容赦はしないよ。魂ごと塵にして、来世で悔やむがいい。この王の器である僕に歯向かった事を……王にたてついた事をね」

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