1-6

 立ち上がった私の背中を彼が押す。何故かヨエルと会うには気が引けるが、私は渋々現世への入り口を開いた。


 そこはドミンゴの広大な墓地。私は意を決して現世へ踏み込んだ。


 あの時と変わらぬ静かで冷たい雨が降り続いていたが、雨は私をすり抜けていく。何だか私を無視しているみたいで、もうここに存在しないと実感できた時だった。


 私は一人、十字架の墓石の前に立ち尽くすヨエルの背後に近付いた。そっと覗くと、そこには私の名が刻まれていて、置いて来た槍が雨に濡れた墓石の後ろに寂しげに刺さっている。


 どうやら彼は予想した通り、私の遺体をここに連れ帰って、すぐに埋葬したらしい。墓石に名前を刻むのだってそれなりの時間を要するだろうし、私がここに来るまでかなりの時間が経過していたようだ。


 ヨエルは堅く口をつぐんで、沢山の花束が手向けられた私の墓石をただ見つめていた。綺麗な茶髪も雨でびしょ濡れになってしまって、いつもなら風邪を引くぞと言ってやれた。けれど、今のままでは私の言葉は絶対に彼の耳に届かない。


 私はこの状況を何とかしようと思い、実体化するように心で念じた。


 すると、いきなり体が重く感じて足元がよろめいた。久々に重力を感じる。そのよろめいた時に水が跳ねて音が立ち、ヨエルは何かと後ろを振り向いた。その時の顔と言ったら……目をこれでもかと丸くして、口をぱくぱくさせている。私はそれがおかしくて仕方がなくて、思わず笑い声を上げてしまった。


「アリウス……何で……!」


 実体化した私の髪の毛も水を含んで重たく垂れ下がる。私は慣れない笑顔を見せて言った。


「お前に、会いに来た」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る