1-3

 誰かに押されたのかと思って振り向くと、私を激しく睨み、両手を震わせた少年が立っていた。

ユルゲン部隊の生き残りのようだったため、息の根を止めてやろうと槍を持つ手に力を入れた時、胸部から全身にかけて鋭く激しい痛みが一瞬で駆け巡った。


 驚いた私は肩膝を付き、下へと視線を落とす。


 ――こうなったのは私の警戒の薄さが原因だった。


胸部のど真ん中から水に濡れた鋼鉄の刃が顔を覗かし、生温かい液体が腹に向かって流れる感覚がある。それも少量ではなく、大きな酒樽から酒が誤って流れ出るような……どこかで神経が寸断されたのか、もう痛みなど感じない。


 私が顔を上げると、少年が呻き声を発して崩れるように倒れた。そこに現れたのは傷と泥まみれの戦友だった。


「アリウス! 大丈夫か、意識はあるか?」


「ああ……平気だ」


 嘘だ。


 神経が麻痺して痛みを感じない私は平気だが、大怪我を負った私の肉体は悲鳴を上げている。降り止まない雨で誤魔化しているが、傷口からは心臓の鼓動と共に大量の血液が溢れ出ている。実はというと、ヨエルの顔もぼやけてほとんど誰だか分からなくなっていた。ただ声だけが頼りであり、私自身、長くないと理解していた。


「ヨエル……最後の頼みを聞いてくれ。私に刺さった剣を抜いてくれないか」


「最後の頼みって……そんな事をしたら、傷口から血が噴き出るぞ!」


「もう噴き出ている。引き抜こうがそのままだろうが変わりはない。早くしてくれ」


 私の淡々とした願いに、彼は渋々といった様子で背中の柄を握り、ゆっくりと分厚い刃を引き抜いた。もう痛みなど感じない。ただ、体内から異物が取り除かれたという遠い感覚だけだ。


 ヨエルはその剣を地面に突き刺す。


私は嫌だったのだ。騎士たる者、背中に傷を作る事が。しかし、作ってしまったものは仕方がない。抜いてしまえば前から刺されたのか、後ろから刺されたのか、あやふやになる。最後にそんな事を考える私は愚かだ。戦場で無様に死ぬには丁度良い人材だろう。


「私はここで死ぬ。お前は殿下に勝利を伝えてくれ」


 槍を隣に刺し、私はそこに脱力して仰向けに倒れた。ドミンゴの勝利を祝福する雨。今の私にはそう捉える事しかできず、ただ私は、私に向かって必死に叫ぶぼやけた戦友の姿を見つつ、ゆっくりと目を閉じた。

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