第9話 犯人がやってきた
自動運転のタクシーを呼び、大急ぎで新宿一丁目の僕が住む部屋のある巨大ビルの前に着いた。体力がついてこない。手術の跡もひどく痛む。おまけに僕は情けないパジャマ姿だ。それでもよたよたとサンダル姿で顔認証を済ませ、エレベータに勢いよく乗り、上がっていった。
ドアは開いていた。あいつはいるだろうか? エドワルドは? 福は? よろよろと中に入ると、声が聞こえてきた。
「僕は何もしてない! 僕はまだ何もしてない!」
透也の悲鳴だった。彼を押さえつけているのは福で、エドワルドがすごい形相で彼を見下ろしている。隣にいるのは祖母だ。顔色が白くなっていて、この状況にショックを受けていることが伺える。
「間に合ったのか、エドワルド」
と僕が言うと、福がぎょっと僕を振り返って慌てた声を出す。
「あんた、何で来てるんだ」
「僕だって祖父を守ろうという気持ちはあるさ」
そう言いながら僕は玄関先でへたり込んだ。祖母が駆けつけてくる。そこに、天井付近から機械的な声が響いた。
「奥様、警察をお呼びしましょうか」
スチュワート・カメラがスピーカーだった。祖母は一瞬黙り、
「呼ばなくていいわ」
と答えた。カメラは黙った。これ以上僕らのプライバシーには踏み込めないというわけだ。
エドワルドは透也をにらみつけていた。
「何でこんなことをした!」
「僕は何も……」
「充分してるだろう! この注射器は何だ」
足下には太い注射器が落ちていた。透也は黙り込む。
「伊藤透也さん、あなたは血の繋がらない親族である小野寺吟さんに麻酔薬を嗅がせて気絶させ、注射器で血管内に空気を注入し、殺害しようとしていましたね」
透也は福を見上げる。福は透也を自由にした。これ以上抵抗しないと踏んだのだろう。祖父はドアの向こうの仕事部屋で気絶していた。机に突っ伏していびきをかいている。おそらく麻酔薬を嗅がされたのだろう。
「空気と言っても馬鹿にできない。血管内の空気は心臓発作を引き起こす。……あなた、どうしてこんなことをしましたか?」
透也はおどおどと黙っている。福は微笑んだ。
「私が説明いたしましょうか? あなたは仮想空間上のオンラインゲームで、ある人物と知り合った。その人物に脅されていた……。そうでしょう?」
透也は彼と目を合わせずにこう言った。
「本物のゲームをしてきたんだよ」
「本物のゲーム?」
「アメリカに来るように誘われて、夏休みにラスベガスでカジノをやったんだ。大負けして……。とてもじゃないけど僕の小遣いじゃ払いきれない額の借金をして……。
それを肩代わりしてもらった。そしたらそれをネタに脅されて、今度は殺した仲間を埋めるのを手伝えって。断ることができなくて、どんどん悪い手伝いをさせられた。人殺しはしなかったよ。処理を手伝わされてただけだ。
途中で、やつらがWCWRのメンバーだとわかってぞっとした」
透也の言葉に、僕たちは息を呑む。透也は続ける。
「どうしても抜けたくて、お願いした。このままじゃ僕の人生が滅茶苦茶になってしまう。そしたら、最後に一つだけ、やってほしいことがあるって。大叔父さんを殺せって。そしたら許してやるって」
「殺害方法も指示されて?」
「そうだよ。注射器は大学でくすねてきた。薬物が厳重に保管されてることはあいつらも知ってるから、薬物を使う案は考えてなくてほっとしたけど」
「そして人殺しをするのが恐くて、気づいてほしくて写真つきの殺人予告をした……」
つまり、殺人予告は透也なりのSOSだったということか。
「アランが探偵の遊部さんを連れてきたとき、ホッとした。警察には捕まるかもしれないけど、解放されるって。でも、あいつら指示を早めてきた。すぐに行けって」
そして祖母をうまく騙して僕の家に侵入し、犯行の中では危険分子である僕のロボットを破壊し、祖父の仕事部屋に入って、今に至るというわけだ。エドワルドが頭に血の上った顔で怒鳴る。
「お前、何でそんなに他人事みたいなんだ? 指示があったとはいえ、お前が殺そうとしたんだぞ」
「僕は殺したくなかった。だから僕はそんなに悪くないよ」
透也が答えると、いきなり祖母が身を乗り出してきて、平手で殴った。透也が目を丸くして彼女を見る。
「あなたには失望したわ」
祖母の言葉に、透也はうなだれて涙ぐんだ。
「帰りなさい。そしてその後のことは自分で判断なさい」
祖母はそれだけ言うと、透也に背を向けた。透也はのろのろと歩きだし、靴を履くと勢いよく玄関から駆け出した。
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