第8話 僕らの推理・事件が起こる

「アラン、久しぶり!」


 ハチのボーイソプラノが響く。僕は嬉しくなってスクリーンをにこにこと見つめる。

 スクリーンの中には、今となっては懐かしいBLANCの室内の様子が映っていた。バーのカウンターと、テーブル席。土でできた床。ネズミの走り回る棚。ハチを中心に、福とダリルがそこにいた。


「この間は本当にありがとう。怪我までしちゃって、大変だったよな。アランが助かってよかったよ」


 ハチは心配そうに僕の痩せこけた顔を見つめる。僕は笑い、自分のしたことを改めていいことだと肯定することができた。


「またおいでよ。あんたが来ないとちょっと退屈かも」


 ダリルの言葉に胸がいっぱいになる。もちろん、とうなずき、何だかBLANCの本当のメンバーになれたような気がしていた。


「今回のことは二人にも話してある。それぞれ別の意見だが、WCWRの影響は二人も考慮に入れてる。

 ハチはエドワルドが怪しいと思ってる。やはり父親に体する恨みが強いし、WCWRの動きも知ってたしな。ダリルはソフィーが怪しいと思うらしい。エドワルドに利用されて動いてるんじゃないかと。あんたは?」


 僕は、一生懸命考えたが、何も浮かばなかった。自分の親族のこととなるとこんなにも遠慮なく嗜虐的しぎゃくてきな推理趣味を披露できなくなるものかと呆れた。


 エドワルドはもちろん怪しい。でもあんなにも堂々と祖父に対する憎しみを明らかにするだろうか。

 ソフィーもそうだ。好意を抱いているとはいえ、つき合ってもいない相手のために殺人予告のような危険な真似をするか?

 透也は確かにWCWRにつけ入れられそうだ。でも、あいつに殺人予告をするような度胸があるだろうか?

 そしてローズ。彼女だって僕の父を嫌ってはいる。あの様子ではかなり憎んでいるようだ。しかし祖父とは仲がいいし動機は見つからない。


「調べたんだが、あんたの一族の歴史の中で、奇妙な事件が起きてるな」


 福が言った。僕は顔を上げ、福を見た。真顔だった。


「あんたの両親と妹が車で移動中に撃たれて亡くなってる」


 僕はしばらくフリーズした。穴の空いた死体。血。病院の消毒液の臭い。僕だけが生き残ってしまった後悔の日々。孤独感を抱えた子供時代。そんなものが一気に蘇ってしまった。


「悪い。傷つくことはわかっていたが、言わずにはいられなかった」

「いいよ」


 僕は努力して笑った。福は続ける。


「あんたはどう説明を受けてる? この件について」

「どうって、強盗事件だよ」


 僕が答えると、福はしばらく黙ってから、こうぽつりと言った。


「そんな情報はない」

「え?」

「警察は強盗事件だとは結論づけていない。テロ、と言っている。小野寺家を狙ったテロ。おそらく相手はWCWRだ」


 さっと体中の血が冷えた。まさか。そんな。


「あんたの一族はWCWRに狙われていたんだ」


 どうして? 父や母や妹がWCWRに関わっていたというのか? でも彼らが殺されたあと、僕はどんな危険な目にも遭っていない……。


「そうなると自分の父親を憎むローズが、WCWRに関わっているってことだってありうる。まあこれは可能性の話だが」


 心臓が大きく鳴る。太鼓みたいに一定に。


「戦争が終わって、WCWRはそのテロ事件の前に一掃された。あんたが安全に暮らしてこられてたのは、あんたの一族が平和にやってこられたのは、WCWRがそのテロを最後に力尽きたお陰かもしれない」


 つまり、僕の一族は、WCWRに深く関わっている? どうして? 日本を滅茶苦茶にして、福たちの人生を全く違う方向にねじ曲げてしまったWCWRが?


「俺は直接あんたの祖父と話したい。危険が迫ってる」


 祖父に? 危険って、どういうことだ?


「俺にも時間がない。柴田岩石刑事が言ってたんだが、三田刑事が俺に関する証拠を提出したらしい。柴田がどうなっても別にいいが、俺は捕まりたくない」

「そんな……」


 本当に時間がないのだ。僕がどうにかするしかないのだ。祖父に話そう。今回の殺人予告のこと、両親と妹を死なせたテロのこと、福のことを。


「そうだね、今から行って、話をしてくるよ」


 僕はコンタクトレンズを操作してロボットのほうにログインした。充電用の椅子から立ち上がり、部屋を出ようとする。


 そこで、それは起こった。激しい金属音。大きく揺れる視界。ブツブツと途切れる音声からは、足音と重い物が落ちる音。途切れがちな画面には、僕がかつてもらった作文大会のトロフィーが落ちている。この真鍮しんちゅう金箔きんぱくを施した品は表面が剥がれており、どうやらこれで殴られたらしい。


「うわっ」


 僕がスクリーンの前でパニックを起こしたので、福が驚いた顔をする。


「どうした?」

「ロボットを壊された!」

「どういうことだ?」

「誰かが部屋にいて、後ろから殴られてロボットを壊された」

「くそ、思ったより行動が早いな」


 福が悪態をつき、僕に言う。


「あの四人のうち仮想空間上にいない人物を探してくれ」


 僕は慌てて仮想空間にログインし、友人リストから四人を探す。休日なのもあって三人はログインしていた。ログインしていない一人、それは――。


「エドワルドに連絡を取れ」

「だってエドワルドは祖父のことが嫌いだよ」

「誰よりも早く現場に行くだろう。あんたは動けないんだ。早く! 俺もすぐ行く」


 言われたとおりエドワルドにメッセージを送ると、彼はすぐに「OK」と返事をし、リストのログイン状態は解けた。


 わけがわからない。あいつが犯人? いや、それよりも現場がどうなっているか知りたい。祖父や祖母は無事なのか?


 僕はベッドから足を踏みおろした。

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