第4話 容疑者たちの情報を精査する

「どうだい?」

「まあ、見当はつく」


 スクリーン越しに僕の質問に答える福は、当たり前のように煙草を吹かしている。

 僕はロボット姿ではなく病室の自らの姿で福と話しているが、初めてそうしたときは変な顔をされたものだ。げっそりと痩せて顔色も悪くなっているから、心配されたのだと思うが、眉をひそめてまじまじと見つめられてしまった。

 今は福も慣れたものだが。


「さすがだね! 誰だい?」

「わかってるだろう。俺は結論がわかっても、その根拠を見つけなきゃ何も言わない」

「そうだったね」

「まずはあんたの若い親族たちに会う必要がありそうだ。いとこに、母親違いの姉に、はとこに、祖父の若い息子か。金持ちは血族の結びつきが強いんだな。はとこともなると戦前でも俺は会ったことがない」

「それがさ、僕にとっては親族の集まりが億劫でさ……。父が亡くなってからは長子の長男である僕への風当たりが強くて、本当に窮屈なんだよ」

「まあ、それはそれとして」と福は話を変える。「あんたの疑わしい親族たちを調べる必要がある。情報をくれないか」


 僕は彼ら四人について説明をした。


 例えばローズは僕とは関わりが案外なく、親族の集まりで会う程度だということ。長子の長子はまさに彼女だが、出世欲はあまりなく、アートの世界に生きる方が性に合っているようで、権力にも興味がなさそうなこと。

 祖父とは仲がいい。何せ長子の長子なので色んなものを買ってもらい、最近は高級マンションを一階分丸ごとプレゼントしてもらったらしい。


 いとこのソフィーは僕の父の妹の子で、僕を若干目の敵にしている節がある。だって彼女は仕事熱心で出世欲もあり、長子の長男の僕がそれだけで出世できそうなのが疎ましいのだ。

 祖父とは仲がいい。祖父もはっきりとものを言う彼女を気に入っているようだ。小さいころは祖父の膝の上を争うとき、僕は彼女に必ず負けていた。


 透也ははとこなので親族の集まりで会うこともあるが、女性の割合が多い一族なので僕としては少し仲良くなりたい気持ちがあったこともある。医学部に合格したときはAR・VR用コンタクトレンズを贈ったし、酒を飲めるようになったときはすぐにワインバーに連れて行った。

 でも彼は僕に懐いたりはしないし、僕も彼といて大して楽しいわけでもない。祖父との関係はほぼなくて、彼は祖母の甥の子なのだ。祖父と一緒に話しているところは見たことがない。


 エドワルドは気にくわないやつだ。海外の工科大学を卒業し、祖父のグループ企業の最も根幹こんかんとなる宇宙開発事業、それも月旅行のための航行用ロケットを管理するエンジニアの一人だそうだ。月旅行と火星開発事業は祖父の夢で、その一つを任されているというわけだ。

 祖父とは親子のはずだが、あまり話しているところを見たことがない。親子だけれど、認知されたのはかなり成長したあとらしいので、まだ他人同然なのかもしれない。


「もちろん四人についてはこちらで調査をするが……、直接話すのにいいのは仮想空間上だと思う」

「え?」

「ローズとソフィーはやってるんだろう? 透也もどうやら仮想空間で活動していそうだ。こちらの存在の威圧感を与えずに話をするのにはいいと思う」

「じゃ、そうしよう。福にも仮想空間用のセットを送るよ。アバターも」

「アバター? 何でもいいんじゃないか?」

「今夜までに作らせるよ。じゃあ」


 怪訝な顔をする福の前で、僕はスクリーンの通信を切った。




 夜は僕らの時間だ。窓の外のビル街を眺める。澄んだ冬の空気の中でキラキラと輝く夜景がきれいだ。道路でスポーツカーを飛ばせたら最高なんだけど。


 現実の夜景から仮想空間へ。僕は仮想空間の自分のワールドに福を招待していた。僕のワールドはシンプルだ。夜景を望めるビルの上階。部屋の中には椅子が二脚とテーブルしかない。


 福は壁に掛けられた大きな鏡を眺めている。それを僕が後ろから見ている。赤狐の僕と、小さめの蝙蝠こうもりの福。


「何で蝙蝠なんだ?」


 怪訝そうな福の声に、僕は笑い声を上げる。


「そう言うと思った!」

「そもそもあんたは何で狐なんだ?」

「そりゃ自分の3Dモデルを作りたくないからだよ。あとは僕に似てるからさ。赤っぽい茶髪の僕と、赤狐。似てないか? 爪先の黒いところなんて愛用の革靴そっくりじゃないか」

「まあ、そうだな」

「君のアバターが蝙蝠なのはさ、蝙蝠は君そのものだからだよ」

「夜にうごめく不気味な存在ってところか……」


 彼の言葉に吹き出す。


「そんなんじゃないよ。君の福って名前は中国語読みで『フゥ』だろ? そして蝙蝠は中国や西洋文化流入前の日本で縁起のいい動物として知られてたんだぜ。蝙蝠の中国語での発音は『変福』、つまり福に変わるって言葉と同じ発音なんだ。おめでたいだろ? 蝙蝠は福に変わる。君にぴったりじゃないか?」


 僕の説明をじっと聞いていた福は、ぺたぺたと羽を広げたまま歩いてきた。飛べばいいのに、まだその感覚がわからないらしい。


「つまりあんたは俺をいいものとして見てるのか」

「そうだよ。だって君と一緒にいると楽しいじゃないか!」


 福は黙っていたが、やがて操作の仕方がわかってきたらしい。ぱたぱたと飛び回ってこう言った。


「まずはローズだ」

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