第2話 豪華絢爛な殺人予告
あのあと、福は救急車を呼び、パトカーと救急車が現場に着くまで僕に話しかけてくれた。僕を刺した角谷メロウのことは建物の中で縛り上げたらしく、着いた警察には彼のことを説明して連れて行かせたようだった。僕のために救急車に乗ろうとしていたけれど、彼もパトカーに乗せられて行ってしまった。
それから僕は意識を失って、目覚めたときには病院だった。損傷がひどかった左側の腎臓は取り出され、培養腎臓ができるのを待つだけのようだった。起きあがろうとすると体中が痛み、貧血でくらくらした。
壁のスクリーンに表示される僕らが関わった事件のニュースは、丁寧な言葉と問題ない写真や映像に編集され、本当のことではないようだった。
角谷メロウと八幡沈香は実名報道されたが、名前の出ない福らしい人物は疑いが晴れたのかいつの間にか報道から姿を消した。それでも彼は不便な暮らしを強いられているのだった。
彼は別件で追求されているのだった。もちろん覚醒剤の売買の件だ。証拠が提示されないのは奇妙だが、あの三田刑事の生真面目な目を思い出すに、柴田刑事の名誉を諦めてでもいつかは福に関係する証拠を提出するだろうという気がする。
彼はもうすぐ捕まってしまうのだ。
そしたら、ハチはどうなる? ダリルはどうする? 僕は……?
僕はしばらくスクリーン越しにしか福と話していない。BLANCに行きたくてしようがないが、僕のこの体では、生身でもロボットでも難しい。ロボットの姿で外出すること自体、目立って仕方がないし、ただちに知人や親族に見つかってしまうだろうから。
祖母はせめて僕が動けない間だけでもと、監視の目を緩める気はないようなのだ。
最近は退屈なので病室で仮想空間を楽しんでいる。
知らない人と話したり、その人の構築した独特のコンセプトのワールドを楽しんだり、たまに公共のワールドでいとこ連中と集まったりするのはなかなか楽しい。
仕事で使うことが多いらしいこのワールドという機能だが、僕は今回初めて使った。ソフィーたち真面目な会社員は会議や議論に用いているらしいが、僕は主に遊びで使っている。
富裕層はほとんどが自身の3Dモデルをちょっと見栄えよくしただけのものをアバターとして使っているが、一般人は様々な姿をしたアバターを使っている。
僕が仲良くなった人たちが皆動物のリアルな姿のアバターなのを見て、僕もアバターを専門のクリエイターに注文することにした。赤狐のアバターだ。四つ足で駆け回ってふさふさの尻尾をたまに振り向くのはなかなかに楽しい。
仮想空間で活動するにあたって、専用のAR・VR用コンタクトレンズを購入した。これは室内をARで満たすための装置で、あとは耳に専用のマイクつきイヤホンを装着し、手に仮想空間内での事物を触覚するためのグローブをつければ完璧だ。
靴もほしかったが今の僕は歩くこともできないので、それは我慢する。
ちなみに普段使うロボットもこれで操作できるので、切り替えさえすればロボットモードも仮想空間モードも簡単にできる。
「さ、私お風呂に入るから。じゃあね」
いとこなど五人で集まっていたワールドで、いきなりソフィーが手を振った。
「えっ、もうやめるの? 僕をもっと楽しませてくれよ」
「いくら入院中の怪我人でも、いつまでもかまってられないよ。そもそも何でアバターが狐なわけ? かわいいけどさあ、何で人間じゃないのかなあ」
ソフィーは呆れたようにてのひらを上に向ける。僕の勝手だ、と言い返そうとしたとき、ローズが言ってくれた。
「あなたは人のことを色々と言いすぎ。アランが仮想空間を始めたのだって珍しいんだから、喜んだら?」
「別に嬉しくないけどね」
ソフィーは肩をすくめ、じゃあ明日仕事だから、とさっさとログアウトしてしまった。他のいとこ連中も、話の中心だったソフィーがいなくなると、私も、僕も、とどこかへ行ってしまった。
「みんないなくなっちゃったねえ。アラン、私が作ったワールド来る?」
ローズが労るように僕に尋ねた。優しいのはいいことだが、何だかみじめだ。ローズはずっと離れて暮らしているので姉という感じがしないが、こういうとき僕を哀れんでくれる。
「じゃあ、そうさせてもらおうかな」
姉に甘えることにした。芸術家肌のローズのワールドなら、見応えがあるだろう。僕はローズの立っているディスクに一緒に立ち、ワープした。
ローズのワールドは外観から始まるらしい。こちらを圧倒する炭の塔。それどころかドーム状に僕らのいる場所以外は塔の壁に包まれている。観音開きのドアがあり、横にランプが灯ってその場所を示している。
「何だか雰囲気がすごいね」
と振り返ると、ローズは修道女の姿に変わっていた。
「何だい? その格好」
「まずは形から入るの」
ローズはふんわりと笑った。そして燭台を持ち、ドアを開いた。
修道院風の建物内に、無限の美術館があった。縦にも横にも空中にも水中にも、様々な美術品がぎっしりとある。
レオナルド・ダ・ヴィンチにミケランジェロ、ミロのヴィーナスもあるし実際に小さくなって楽しめるコロッセオもある。ゴッホの「
美術酔いしてきたころにはテキスタイルのコーナーに入った。滝のように流れていく
そこまで来たら民族衣装を着た人々のごたまぜな往来だ。楽器のみの中東っぽい音楽と共に、目の前を数百人の人々が大勢歩いていく。
唖然としてその流れを眺めていたら、ローズが「面白いよねえ」とこちらの顔を覗き込んできた。僕は半分呆れたままうなずいてみせた。
確かに、ものすごい興味と執念の産物だ。普段ぼんやりしているローズの頭の中を覗いたようで、ちょっと恐い気もした。
「独特なワールドだね。ローズは本当にアートが好きなんだ」
彼女は修道女姿のままうっすらと微笑み、
「パパがよく連れて行ってくれたの。美術館」
と答えた。一瞬にして気まずくなった。父は、僕が生まれてからはほとんどローズに構っていなかったから。
「お父さんは、その……どんな人だった? 優しかった? いい人だった? ローズにとって」
ローズは黙る。しばしの沈黙ののち、こうつぶやいた。
「ざまをみろ」
ぎくりと彼女を凝視する。目元まで垂れた衣装のせいで、表情が見えない。彼女は笑うような声で、こう続ける。
「アランは知ってる? パパは――」
そのとき、ロボットのほうで呼ばれている気配がした。祖母だろうか。ローズに断ってロボットにログインする。目の前に現実のわが家の様子が広がった。目の前には祖母がいる。怪訝な顔をして。
「アラン、見てちょうだい。手紙が届いたの。今時おかしいわね、手紙だなんて……」
見るとフィルムでできた白い手紙が祖母の手の中にあった。確かに変だ。郵便局は未だにあるが、手紙となると重要文書か、古風なグリーティングメッセージに使うくらいなので、届くことは滅多にない。
「開けてみたら?」
「恐いわよ、爆発でもしたら」
確かに宛先も送り主も表示されていない。
「僕が開けるよ。どうせロボットの体なんだから」
ひったくって祖母が離れたことを確認して開けると、もちろん封筒は爆発などせず、中にはカードが入っていた。しげしげと眺める。
この間親戚で集まった日の、何てことのない写真だった。一人掛けのソファーに座った祖父がいる。
ラフな白いポロシャツにはネイビーのラインがあり、ダークグレーのズボンを穿き、腕にはスイスで特注した自慢の時計をつけている。後ろにいる祖母の後ろ姿もこの間と同じ格好をしていて、ご丁寧に隅に日付もある。この間の日付だ。そして印字でこう書いてある。
「小野寺
小野寺吟は、祖父の名前だ。
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