4.豪華絢爛な殺人予告

第1話 僕の親族たち

 運転手が待っている。車くらい運転したい、と思うが、できないらしい。

 僕は祖父母と共に祖母の車に乗り込む。苦々しいことに、僕の車好きは祖母からの遺伝らしい。スカイブルーのポルシェは運転手によってよく磨かれており、寒空の下に似合わないほどよく光る。


 祖母は七十歳になったときに運転を諦めた。現代は脳を活性化させる医療措置がたくさんあるし、祖母には認知症もないはずなので、やめるには早い気がした。

 七十二歳。富裕層の中ではまだまだ若いほうだ。百五十歳で会社を経営する人だっているんだから。

 医者を辞めたのも早い。祖母は六十五歳で総合科のクリニックを畳んだ。これから長く生きるには仕事をしていたほうが退屈しないだろうに。


 でも、まあいい。僕が祖母に苛立つのも気にするのも、子供のころのことが原因で、大人になってもこだわることじゃない。

 祖母は助手席であれこれと運転手に指示を出す。フロントガラスに表示される情報を見逃したくないのだそうだ。


 後部座席の僕の隣でにこにことそれを見守るのは祖父だ。祖父はいつも機嫌がいい。恰幅がよく、黒い口ひげをたくわえ、豪快に笑うことが多いこの祖父とは、ずっと仲良くしている。

 この気の長さは生来のものではなく、社長をしていたときはすぐにキレて怒鳴ったり物を破壊したりしていたそうだ。いやはや、月日の流れは人の魂を磨かれた玉にするらしい。月日の流れじゃなく、ただの老化かもしれないが。


「傷は痛くない? 体調はどう?」


 前の座席から祖母が聞くと、僕が答える前に祖父が答えた。


「同じことを何回聞いてるんだ。アランももううんざりしてるぞ」

「そうは言っても心配よ」

「お前の心配はアランを自立させない。今回のことだってちょっとした冒険だ」

「冒険ね。腎臓を一つ失って、新しい培養ばいよう腎臓を入れたし、血液だってたくさん失ったわ」

「でも生きてる。腰の傷もこれからは思い出として語ることができるだろう」

「あのね、まだ治ってないのよ」


 僕のロボットのカメラが悠長な機械音を立てて、こちらを振り返る祖母の顔を拡大した。眉間にしわが寄り、本気で苛立っている。


「連れて帰れないのよ。連れて帰ってるこのロボットは、アランじゃなくてまがい物」

「僕はここにいるよ!」


 わざと甲高い声を立てておちょくると、祖母はじろりとこちらをにらんだ。


 祖母の言ったとおり、僕は今ロボットだ。といっても脳をロボットに移植したとか本体はもう消滅してしまったとかそんなSFじみたことは一切なくて、僕の本体はカーサ・デル・ボスクの居室でこの白くて不格好な戦隊ヒーローみたいなロボットを操作しているのだ。


 あの事件の影響で新宿御苑前から四ツ谷に移転したカーサ・デル・ボスクは、植物状態の患者以外も受け入れることにしたようだ。そして坂之上施設長がまた妙なアイディアを出し、医療がより必要な急性期以後の患者を受け入れ、退屈な入院生活を紛らわせるためにロボットを貸し出すことにしたのだ。

 お陰で手術後もずっと寝ているだけの生活は免れ、ロボットの姿ではあるが僕は家に帰れるというわけだ。


 残念なのは車を運転できないこと。このロボットはぎこちない動きしかできず、運転に向いていないのだ。


「明日はローズたち親族がうちに来るそうよ。病室に来られるよりはいいでしょ。あなたってプライドが高いから」


 最後の一言は余計だが、ありがたいことだ。弱って痩せこけた姿をいとこやはとこに見られるなんて、絶対に嫌だ。


 祖母のポルシェは、黒々としたアスファルトの幹線道路を適正な速度で走り抜けていく。道路の横に並ぶビル群はどれもピカピカに磨かれて手入れされ、バベルの塔のように天高く伸びていく。

 僕はそれを何となく不気味なもののように感じながら眺めている。




 わいわいと皆が話し、たまに賑やかに笑う声がする。皿が置かれる音がし、すでに食事は始まっているようだ。匂いはしない。僕のロボットに嗅覚はない。少しだけ立ち止まり、いつもの習慣で襟元を整えようとするが、こつんと指が首に当たるだけだ。


 僕がリビングに登場した瞬間、十人ほどいるいとこやはとこはぎょっと目を丸くし、そして頭の中での理解と目の前の情報を擦り合わせたらしい、一人が「アラン?」と声を出した。それから続々と「アラン!」「久しぶり!」と賑やかさを取り戻した。


「変なの! つるっつるのロボットじゃん」


 いきなり遠慮のない暴言を吐くのは小野寺ソフィー、僕のいとこだ。

 僕と同い年で、僕が祖父の会社のグループ企業の管理部で働くように、彼女も営業部で活躍している。刺激を求めて遊び歩き、仕事に精が出ない僕とは大違いで、彼女は信頼を置かれ人望も厚いらしい。


 見た目もウェーブのかかった焦げ茶のボブヘアにきっちりと引かれたアイラインと赤い口紅、整った顔立ちで、仕事ができそうというか信頼が置けそうな感じがする。

 身長が低いのでそれを気にしているが、写真では前に立てるし目立つ性格と容姿なので、問題はないんじゃないかと思う。


「3Dモデルはないの? トイ・ヒューマンっていうリアルなロボットが今作れるんじゃないかな」


 そう問うのは父の前妻の娘であまり会わない姉の、野見山のみやまローズだ。

 いかにも酒好きのような名前だが、実際そうで、今もシャンパンのグラスを手に持っている。親族の集まりでは僕はいつも遅れて行くが、そのころには必ずすでに二杯はワインなりシャンパンなりを飲んでいる。


 身長が高くすらりとしていて、黒髪を頭のてっぺんでまとめているが、髪は腰まであるはずだ。

 つり目を柔らかいローズゴールドのアイシャドウで彩っている。ローズは自分のつり目が威圧的に見えると思っているが、中身がぼんやりしているので僕はそうは思わない。


「僕は3Dモデルが嫌いでね。自分の姿を残したくないんだ」


 僕が答えると、ローズは不思議そうに「ふうん」と言い、またグラスを傾けた。ローズは芸術大学を卒業していて、祖父の会社のグループ企業でアートディレクターをしている。うまくやっているのかは知らないが、アートには熱心なのできちんとやってはいるのだろう。


 隅でチラチラと僕を見ているのははとこの伊藤透也とうや

 医師を目指して医学部に在籍中のはずだが、どうも肝が据わっていない。おどおどびくびくして僕はあんまり好きじゃない。そんな風で人体を切り開いたり正しい処置をしたりできるのか? 心配で仕方ない。

 一応僕より年下なので、たまに兄貴風を吹かせて飲みに誘ってみるが、いつもつまらない。盛り上がらないことこの上ない。


 身長は僕より高いし、細身で顔も整っていて、モテるだろうにそんな話は聞いたことがない。彼の両親は彼が仮想空間上でゲームばかりしているのが心配だとよく言っていた。さもありなんだ。


 黙って赤ワインを飲みながら立っているのは酒上さかがみエドワルド。

 彼は僕に一切興味を示していない。気にくわないことに、彼はとんでもない美形だ。身長は僕と透也の間くらいだが、色白で黒髪の緩やかな巻き毛で、目が印象的なくらい大きい。

 吸血鬼めいた美しさだが、彼はこの場でかなり浮いている。彼に話しかける者など滅多にいない。


 というのも、彼は祖父の愛人の子なのだ。おそらくその母も同じような顔をしているのだろう。色々と気にくわないが、僕に興味がないふりをするのが特に気にくわない。


 仕事は祖父の会社のグループ企業の、エンジニアだそうだ。つまり僕らの中で一番祖父の企業の根幹に関わる部分にいる。年齢も僕より一歳上なだけなので余計気にくわない。


 食事は数ヶ所に配置された小さめのテーブルに置かれ、ワインやシャンパンなどが何種類もある。親族たちは歓談し、寿司やサンドイッチをぱくつきながら酒を飲む。


 僕も甘い物が食べたいな。病室にデリバリーさせようか。


 そう思ってロボットを椅子に座らせてログアウトしようとすると、おじやおばが大挙して押し寄せてきた。祖父母はいとこたち若い層と話をしている。逃げるわけにはいかないようだ。


「アラン、どうして3Dデータを作らなかったの?」


 叔母の一人が聞く。僕が先ほどと同じことを繰り返すと、


「ぐだぐだとそういうことを言っているから今回こんな不格好なロボットの姿で出てくることになるのよ!」


 と返される。伯父が続ける。


「そもそもどうしてこんなことになったんだ。お前が入院したと聞いて、ニュースで流れる事件に関わってたと知って肝が冷えたよ」

「申し訳ないと思ってるよ」


 僕は伯父や叔母に囲まれ、全員から責められ、質問され、大変なことになってしまった。


「そもそも一緒にいたという男は何者なんだ? その男は警察から色々と捜査されているんだろう?」

「その男があなたを刺したんじゃないの?」

「違うよ!」


 僕は思わず強く否定した。親戚たちは思いきり疑わしげな顔になった。


「彼は、そんなんじゃないよ……」


 ふと同年代のいとこ連中を見ると、それぞれ僕をじっと見つめていた。エドワルドにいたっては少し目が笑っている。


「彼は友達なんだ。本当だよ」


 本当に? そんな男が? 騙されてるんじゃない? 親戚たちは酒の肴に僕と彼のことを消費していく。


 僕は、テーブルの上の手まり寿司のサーモンが、妙に乾いているのだけをじっと見つめた。


「本当だよ……」


 だって、彼は僕のために救急車を呼び、そのために警察に目をつけられてしまったのだから。

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