第4話 少年を誘拐する連続事件が起きているらしい
何となく開いたポータブルスクリーンの記事に触れると、動画が再生された。四角い顔をした真面目そうな中年の男が
この国の未来が暗いこと、戦後立候補した政治家たちの多くが福祉に興味を示さないこと、子供たちの未来を大切にしなければならないのに、この国では多くの子供が教育を受けられず、中には路頭に迷う子もいること、などを説いて、あまりの勢いと
「私はこの国の児童養護施設の
子供たちは戦後すぐに比べたら栄養状態もいい。しかし路上で生活する子、貧しい親から虐待を受けて家出をする子、悪い大人や不良青年にいいように利用される子など、不幸な子供は大勢いるのです。彼らに福祉を! 暖かい家と愛を与えなければならない!」
僕がぼんやりと聞いていると、ハチが、「音量がでかいよ、アラン」と文句を言った。耳につけているイヤホンから聞いているつもりだったが、そのままポータブルスクリーンから流れていたらしい。すぐに設定を変える。
「
スクリーンの画面を増やして、橘立志のプロフィールを調べる。著書を出しているらしいのでしっかりとしたものがあった。市民運動もするタイプの児童福祉評論家らしい。
僕はまたBLANCの中にいた。ダリルは外出しているが、福は近所に出かけていて、僕とハチだけがここにいる。
「ハチはどうやって暮らしてるんだい? 君って多分家出少年だよね」
僕が聞くと、ハチは胡乱げな顔で僕を見る。
「何かこないだから俺に妙に関心を示してない? 怖いんだけど」
「僕も児童福祉に興味があってね」
適当なことを言う。本当はハチと福の関係に興味があった。彼らの絆はどこから来たものだろう。おそらく彼らは全くの他人同士だと思われるから、興味深い。
うさんくさそうな顔を崩さずに、ハチは、まあいいか、とつぶやいた。
「普段はヤクザの兄ちゃんたちのお使いをしたりしてる。たまに水商売の姉ちゃんに依頼を受けて小遣いを稼いだり。まあ、何か盗んでこいとか置いてこいとかそういうの。でも、一番多いのは福の手伝いかな。見張りをしたり、ホームレスの格好で街の情報を集めたり」
「つまり君は福の探偵業の助手なのか」
「……まあそういうこと!」
ハチは妙にためらってからそう答えた。その間に若干の不安を感じる。それでも質問は続けることにする。
「福は探偵の仕事をいつから始めたんだい? そのきっかけとか理由とか……」
「ええと……」
と、そこに女の泣き声が聞こえてきた。取り乱した声に驚く。ハチがさっと物陰に隠れると、ドアから派手な化粧の女と福が入ってきた。
「うちの子が帰ってきたら、報酬は渡すから。好きなだけあげるから。お願い。探してよ」
女はわあっと泣いた。福は少し人間らしい顔をしていた。苛立ち、それから哀れみ。複雑な感情が彼の中にあることがわかる。
「わかってんのか? お前はあいつを殴ってただろ。家出だとは思わないのかよ」
福は僕に気づかないのか素の口調で話していた。それに、女は知り合いらしい。
「殴ってたけどどうしようもないでしょ。私だって辛かったんだから」
「お前の都合で殴られたら、
福は女を怒鳴りつけた。女は泣き崩れる。
「わかってるよ。わかってる。でもひと月もいないなんておかしいよ。きっと誘拐されたんだよ。他の子みたいに」
そこで、ふと福が僕に気づいた。少しだけ目を見開いた福は、声を少し落ち着かせて女に話しかけた。
「わかった。藍銅は俺が探す。その代わり報酬はきっちり払えよ」
女はお礼を言い、袖口で目元を拭いながら帰って行った。心の底からホッとした様子だった。やはり福はこの街でも探偵として信頼されているのだ。
僕はにっこりと笑って「やあ」と声をかけた。
「新しい依頼だね。どんな事件か、教えてくれるかい?」
福は無表情に、「ああ」と答えた。
「俺あの女嫌いだよ。藍銅はいつもあいつの恋人が来たとき外に出されるんだ。あれって結構みじめなんだぜ」
ハチが物陰からぬっと出てきて会話に混ざってきた。
「ふうん、虐待されてた子供ってことか。何だか最近『誘拐』って言葉をよく聞くね」
「さいわい横町周辺で、浮浪児や家出少年の誘拐が相次いでる。どれも貧しい子供で、虐待されて育っていてトラウマを持っている子供ばかりだ。
俺が誘拐されたと思った子供は五人。どの子供も少年だ。少女がいなくなったり誘拐されたりは確かに時々あるが、この件とは関係がないはずだ」
福は説明した。依頼される前から気にしていたらしい。随分詳しい。
「さいわい横町は犯罪の温床だ。でも、今回は性質が違う。いなくなった少女たちは大体猥褻目的で連れ去られたり、時には殺されたりする。
年かさの少女なら家出をして恋人と暮らしてたり、水商売をしていたりもする。もちろん行方不明になることもあるが、それは誘拐犯や殺人犯が捕まったりして明らかになることも多い。
今回は五人以上の八歳から十二歳程度の年若い少年がいなくなり、死体も痕跡も出ていない。まあ、何か目的あっての誘拐事件だろうな」
さすがは福だ。事件について明確に把握している。
「怪しい人物やこれと思う人物はいるかい?」
僕がワクワクしながら聞くと、福はため息をつき、
「まだこれと決めつけられるような人物はいない」
と答える。ということは、調査が必要だということだ。さいわい横町周辺にいる子供たちを物色する何者かを、探さなければならない。
「じゃあ、僕の車で……」
「俺、やろうか? おとり」
ハチが入ってきた。ぎょっとして見ると、彼は平然とした顔で鼻をほじっていた。取れたものを床に捨てると、
「俺やれるよ。いつもみたいに」
と言った。さすがにそれは危険なのでは? 今回はターゲットがハチくらいの子供だ。いつものように街に溶け込んでストリートチルドレンになりきっても、いつもの何倍もの危険がつきまとう。
「じゃあ、頼む。俺たちも充分に見張ってるから」
福が当たり前のように返事をした。僕は唖然とする。その顔を見た福が、唇の端を上げた。
「子供の権利だとか安全だとかは考慮されないのがこの街だ。ハチは有能だし有用でなければこの街では生きていけない。今更、何を常識人ぶってるんだ?」
まあ、そうだ。そうだけれど……。僕は、無理矢理に納得のいかなさを呑み込み、うなずいた。
「そうだね。僕らがハチをしっかり見てればいいんだ」
そこにダリルが戻ってきた。台車に水のタンクを乗せている。満足げな顔だ。
「ミネラルウォーターが手に入ったよ! これでしばらく分の生活に使えるよ。店の分もあるから、福とアラン、気をつけて運んでよ」
僕と福はダリルと共に大きなタンクをいくつも車から運び出した。車は自動運転のバンだ。さいわい横町でいくつかの店が共有しているもので、もうボロボロだ。
重いタンクを運ぶのに汗みずくになっていると、ハチは当たり前のように手伝っていた。有用でなければこの街では生きていけない――。それはよく感じていたことだが。
「ダリル、俺おとりになって誘拐事件の犯人を見つけるんだぜ」
ハチが自慢げに言うと、ダリルは、
「あの子供がさらわれてるやつ? 気をつけてよね」
と答えた。それ以上心配する様子も見せず、僕はここが僕の世界とは違う世界なのだと初めてはっきり感じた。
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