第7話 ダリルと僕の罪悪感

 約束の午後九時になってBLANCに寄ると、僕は黄色いスポーツカーにダリルを乗せた。しかしエスコートしようとしては嫌がられて避けられ、車上での会話も気詰まりなものだった。

 今日の彼女は白いパンツにネイビーのシャツを入れたずいぶん地味なスタイルで、顔も薄化粧だった。


「あんた、派手な車に乗ってるんだね」


 ダリルが言うので、これはランボルギーニの新車で……と福にも言ったことを言いかけたら、


「あたしたちみたいな底辺には目の毒だよ。あの辺に平気で停めて、盗まれても知らないよ」


 と言う。心配してくれているのかと思って、


「貴重品は極力置きっぱなしにしないようにしてるんだ」


 と笑うと、ダリルは無表情に、


「そういう、新しい高級車をいくらでも買ってもらえるから平気だ、みたいなことは言うもんじゃないよ。あたしたちはギリギリで生きてんだ」


 と低い声で言った。僕は、ついに言われたな、と唇を噛みたい気分だった。

 彼らと僕は生活が違いすぎる。彼らの生活圏が魅力的だからと僕が通い詰めることは、彼らのことを搾取さくしゅしているのとそう違いはない気がする。

 わかっているのだが、魅力を感じるのも本当なのだ。彼らのギリギリの生活、最後に残された性をすら売らざるを得ない生活の厳しさは僕だってわかっているつもりだ。

 でも、やめられないのだ。嫌われようが、うとまれようが、僕は福たちにつきまとわざるを得ないのだ。それが何故なのかわからない。単なる快楽や娯楽とは違う気がする。執着、に近い。


 僕の車は閑静な新宿御苑近くの街をヘッドライトで明るく照らしながら進んでいく。ここらは本当に無傷で残されている。


「新宿に住んでるんだってさ」


 ダリルが低くささやいた。耳をそばだてると、ダリルは車のエンジン音にかき消されそうな声で、


「日本をWCWRに売ったやつ」


 と言った。背中が凍った。けれど運転を誤るわけにはいかず、僕は聞こえないふりをしてハンドルを回した。

 カーサ・デル・ボスクは、居室のある階のみがやや明るく輝いていた。事件があった九階に、福らしい影が見えた。




 坂之上テオに案内され、僕とダリルは九階に上がった。

 坂之上は何だかぼんやりしている。彼も容疑者の一人だ。にもかかわらず、彼はずっと犯人が明らかになることを希望している。

 彼は犯人なのか? それとも別の人物が? 福はどうしてBLANCであんな風にしゃべった? ダリルはどうしてここにいる? 僕はどうして……。ぐるぐると自分の中の世界を巡っていると、たった数秒の上昇時間が無限に延びる。


「遊部探偵は優秀ですね」


 坂之上はつぶやくように言った。それから自嘲じちょうするように笑い、


「私のことをすっかり言い当ててしまわれた」


 と続けた。先程の写真と関係があるのだろうか。何のことか聞こうとした瞬間、エレベータは九階に着いた。


 右手の廊下の向こうで、僕たちを待っている人の群れがいた。容疑者である前田猫と、露木翡翠、それから福だ。警察はいない。現場検証は一旦終了したらしい。

 前田はイライラした様子で福を見つめ続けている。露木は手持ちぶさたに腕を組んで夜景を眺め、福は煙草でも吸いたげに胸ポケットを探っている。

 今日の福はいつもの喪服のようなスーツにループタイだ。やはりこのほうが福らしい。


「やあ、福。待たせてごめん」


 僕が手を挙げて彼の元に歩いていこうとすると、容疑者の二人は一斉にこちらを向いた。

 福はちらりと僕を見たあと、ある人物を横目で凝視していた。その人物は、こちらを驚愕の表情で見ていた。僕ではない、ダリルを見ている。それからゆっくりと、目を伏せた。


「――久しぶり」


 ダリルが言った。


「ああ、私もう駄目だね、ダリル」


 露木翡翠は、落ち着いていたはずの表情を崩し、くしゃくしゃに顔を歪めて、泣いた。どういうことかわからない。ダリルと露木翡翠が知り合いだということはわかるが――。


「話を始めてもよろしいでしょうか」


 福が、何を表しているのかよくわからないアルカイックスマイルのような不思議な表情で僕らを見渡した。

 露木の反応に驚いていた僕や容疑者たちは、途端に彼に目を吸い寄せられた。彼は黒ずくめの、葬儀をイメージさせるたたずまいで、僕らの空気を、呼吸すらも支配しているような気がした。

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