第2話

 学校に到着する。

 隣の席の関口が話しかけてきたので、とりあえずソシャゲの話でもして盛り上がった。


「あ、そうだ。俺留美と付き合うことになったわ」

「あっそう」


 めちゃくちゃ興味なさそうだった。

「留美と付き合うことになったわ」


「んだようるせぇなぁ。知らねぇよ」

「待てよ。友達に彼女できたんだぞ。お前、マジかよー!? とか嘘だろー!? とかないの、そういう反応」

「いや、別にお前と橋本が付き合おうがどうでもいいし……」関口はソシャゲの周回を始めてしまった。


「クリスマスホテル行くんだよ」

「そうか。頑張れよ」

「ホテル代親父が出してくれるんだよ。おい、おい」

「そうか」

「なぁ、関口ぃ……」

「しつけーなー、なんだよ」

「留美とホテル行くんだぞ? デートするんだぞ?」

「ああ、知ってるよ」

「なんでお前そんな明日雨降るみたいですね。そうなんだ。みたいなテンションなんだよ」

「そのレベルでどうでもいい話題だからだよ。っていうかまだヤッてなかったのお前ら」


 関口はイヤホンを装着して自分の世界に入ってしまった。

 しかしながら関口は自分の女よりソシャゲを優先するクソカス野郎だ。

 サイコパスゆえに共感性が欠如している可能性がある。俺は風紀委員の源さんにこのことを報告することにした。


「源さん」

「あらおはよう。どうしたの」

「俺留美と付き合うことになった」

「ええそうなの。それが?」

「あれ、俺嫌われてんの?」

「去年は嫌いだったわね。今年に入ってからは見直したわよ」

「マジで。え、マジかよ。マジかよ」

「ごめんなさいもう行っていい?」

「うん……ごめん……」


 俺は肩を落として自分の席に戻る。すると関口がガチャで豪運が発動したと恵比須顔で見せつけてきた。画面の中で燦然と輝く最高レアリティのキャラクターを見ながら、やっぱ俺とこいつ友達だよなぁと再確認していた。腑に落ちない。


 そのまま特筆すべき点もないまま昼休みを迎える。


「とーやくん。お昼食べよう」

「おう」


 重箱を持ってきた留美と連れ立って教室を出ようとする。だが俺はここで一つの出来心が浮かんだ。


「留美、手とか繋いでみようぜ」

「うん」

「教卓の前で」

「みんなに見せつけたいの?」

「みんなを見返したいの」

「え、なんで見返す必要があるのかな」


 俺がおかしいのかなぁ。


 まるで大物芸能人の後に舞台へ上がってくるピン芸人のような心境のまま、俺と留美は教卓の前に立った。


 クラスで弁当を食べている連中の騒がしい喧騒。机四つを島にしてカードゲームで遊んでいるオタク集団。整髪料と香水の匂いを漂わせる一軍集団。それらが一望できる。


 突如として教卓の前に立った俺たちをクラスメイト共は注目してきた。鋼の心臓を持つと水面下でまことしやかに一部界隈でひっそりと囁かれている俺も緊張を免れない。


「よし、留美。手をつなぐぞ」

「わかった」


 きわめて淡々とした空気の中、俺と留美は付き合って初めての手つなぎを経験する。


 すごい。正直なところ留美の手は毎日のように握っていたので、さしたる感動もなかった。付き合ったら心境の変化で胸中に春風が吹いたりするのかなと一縷いちるの期待もあったりしたが、窓の外と変わらず木枯らしが吹きつけるだけ。


 そしてそれは比喩ではない。教室中から無関心と苛立ちの中間くらいの目線が向けられている。


「おい早瀬。なんか言いたいことでもあんのかよ」一軍グループの長瀬が声をあげる。

「長瀬、ほら、見て。俺と留美手繋いでる。付き合ってる」

「だからなんだよ」

「いや、付き合ってる」

「ああ、だから?」

「え、いや、あの……」

「常識を疑えっていう啓蒙活動? 地球平面説とか信じてんの?」

「待ってくれよ。クラスにカップル誕生だぜ? もっと、こう、弄るとかないの?」

「うーん。鳥が空飛んでるのを指さして空飛んでるぜってはしゃぐの馬鹿みたいだしなぁ」


 長瀬はそれだけ言うとグループ内の談笑へ戻った。


「おい長瀬! 俺らちゅーするぞ! 衆人環視の前でちゅーするぞ! いいのか! あぁ!?」

「節度ある行動を心がけろよ」


 正論で諭されてしまった。俺は泣きそうになった。


 何となく教室に居づらくなった──わけでもなかった。俺らはその後普通に席に戻ってお弁当を広げているも、誰一人としてさっきの出来事を掘り返さない。軽蔑の視線すらない。当事者である留美でさえも重箱いっぱいの白米をカービィみたいな勢いで食べている。俺はSCPか何かに巻き込まれたような心地になった。


「とーやくん、あーん」

「あーん。うーむ、なぜみんな俺たちの関係の変化に驚かないのか謎だなぁ。ほら留美、あーん」

「あーん」

「美味しい?」

「とーやくんに食べさせてもらうのが一番かもしれない」


「いつも同じこと言ってんな。話戻すけど、普通高校生の興味関心って恋愛や異性へのウェイトが大きいだろ? それなのに誰も俺たちのことを茶化さない。それどころか怪訝そうな目で見てくる始末だ。ひょっとしたらさ、俺たち常識が改変された別時空に迷い込んだんじゃないか?」


「どうだろうね。ほらとーやくん、あーん」

「あーん」

「どうかな」

「安心するなぁ。留美に食べさせてもらうと家にいるって感覚がある」

「いつも同じこと言うね」


 不思議だなぁと思った。みんなが冷たいのはもしかしたら冬のせいなのかもしれない。そんなわけあるかよ。


「……」

「どうしたんだ」

「うーん、とーやくんは意外と頭悪いのかなぁって」

「え、なんで。急に悪口言われた。ひどい」

「ごめんね泣かないで。よしよしするから」

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