クール系幼馴染に告ったら一瞬でOKされてビビった話

さかきばら

第1話

 冬枯れが本格化してくる。木枯らしは身を切るような寒さを伴うようになって、早朝には路面に霜が浮かぶようになった。親父も車のタイヤをスタッドレスに交換し、ダイキチも犬小屋の中で丸まっていた。


 中学の頃はこんなクソ寒い中、朝練のためにせっせと早起きしていたことが信じられない。

 俺は未練がましいヒロインみたいに毛布の温もりを思い出しながら、さっさと寝間着を脱いでいた。カーテンの隙間から差し込む微弱な陽光も、凍り付いたような部屋を暖めるのには役に立たない。


冬弥とうや、留美ちゃん来てるわよ」

「おー……」


 お袋に言われなくてもわかっている。もはや自宅にいるより俺の家にいる時間の方が長いんじゃないかという具合の幼馴染──橋本留美はしもと るみ

 エプロン姿で食器を用意する姿は、あたかも嫁入り直後の新妻のようだ。


「留美、手伝おうか」俺はそんな背中に声を張り上げた。

「そう思うんならもっと早く起きてよ」

 早起きしたら、それはそれで甲斐がないと文句を言ってくる。俺はのそのそとダイニングに這い出して、お湯を注いでインスタントコーヒーを溶かす。


「とーやくん、今日はお塩? ソース?」留美が尋ねてくる。目玉焼きのオーダーだ。

「醤油」

「二択」

「塩」

「ソースね」


 こういう女だ。あんまり遠慮する必要はない。


「こら冬弥。将来のお嫁さんなのよ。もうちょっとしっかり向き合いなさい」お袋が半笑いでからかってくる。

「しっかり向き合ったら向き合ったで適当なこと言ってくんじゃんそいつ」

「ごめんねぇ留美ちゃん。こんなぶっきらぼうな子で」

「慣れました」


 留美は平然と言った。クールな幼馴染は、将来俺の嫁になることを否定しない。別に肉体関係があるわけでもないし場所を選ばずキスやらハグやらしまくる間柄でもないが、留美の口から俺との関係についてネガティブな意見が出たことがなかった。


「ていうか留美、実家どうなってんの」

「まあ遅かれ早かれ早瀬留美になるみたいだからいいんじゃないかな」

「そういうのやめろって」

「んー」留美は無表情のままだ。この女が驚いたのを当分見たことがない。「パパもママも私より妹の方が好きみたいだから」


 橋本留美の家はちょっと複雑で、留美はママさんの不妊が発覚してから引き取られた養子だ。

 だが、引き取って数年が経過してから不妊治療が成功し、夫婦の遺伝子を引き継いだ本物の娘が出来た。だから早瀬家は留美が入り浸ることについて何も言わない。それが暗黙の了解となっている。


 テレビの特集を見た。

 クリスマスはカップルでイルミネーションでもいかがでしょう。厚化粧のアナウンサーがハイテンションにまくしたてる。留美は平然としたまま白米を口に運んでいた。二回くらいおかわりする。図々しい女だった。


「とーやくんクリスマスどうするの。相手とかいるの」

「いない。寂しいよ」

「そっか。安心した。すごい不安だった」

「冬弥、お前いつまで留美ちゃんを弄ぶつもりだ?」親父が鋭い目線を向けてくる。

「クリスマスだろう。行ってきたらどうだ。なぁ留美ちゃん」

「はぁ。まあ、とーやくんから誘われたら嬉しいですね」冷たい美貌はさざ波一つ起こらなかった。たくあんに夢中だ。


 一応弁解させてもらおうと、俺も宙ぶらりんはよくないと思っているのだ。だから一応、デートへ行こうとか、登下校を一緒にしようなどと様々なアプローチを仕掛けた時期もあった。


 だが留美は依然として真顔のままで、俺からのアクションに何らかの感情を抱いた様子はなかった。お袋と近所のスーパーへ出かけるのと同じような感覚だった。


「あー、留美。クリスマスどっか行こうぜ」

「いいよ」

「……」


 呆気なさすぎる。言い出した親父すら無感情のまま黙々と食べ進めていた。


「おい留美付き合おうぜ」

「いいよ」ポリポリ。たくあん七枚目だ。

「え、おい。あー、やっぱ別れようぜ」

「うんわかった。残念」

「……」


 どうしろ言うねん。


「付き合えたじゃない」お袋はこともなげに言った。

「いや即座に別れたじゃん。付き合うとかああいう感じじゃないだろ。なあ留美」

「とーやくんは幼馴染兼元カレになったね」

「え、なに留美。俺のこと好きなの」

「好きだよ」

「え、お、おう」


「あんたら付き合いなさいよ」お袋はふりかけを掛けながら言った。しんそこどうでも良さそうだ。

「そうか。付き合おうぜ留美」

「やった。とーやくんの彼女だ。わーい」

「甲斐がねぇなぁ。甲斐がねぇなぁ。なんかこういうのだっけなぁ。ときめきとかないなぁ。こういうのだっけなぁ」


 俺はぼやきながら永谷園の茶漬けの小包を取った。留美がツーカーでティファールを渡してくれる。恋人通り越して夫婦みたいになってるからこんな淡泊なのと思った。

 胸躍るような甘酸っぱい感情とは幻想だったのかもしれない。俺はティファールのボタンを押しながら、白米を喉に流し込む。


「じゃあお袋。クリスマスは留美と出かけるわ」

「うん。ホテル代いる?」

「やめろよ。そういうこと言うのやめろよ。やめろよ」

「とーやくんテンパると同じ言葉繰り返す癖あるよね」

「やめて。冷静に分析すんのやめて。っていうか留美俺とホテル行けんの」

「初めてだから優しくしてね」

「ヤバすぎだろ。正気かお前」


「男見せなさい冬弥」お袋はスマートフォンを弄りながら言った。「お父さん、お金」

「ああ。三万くらいでいいか。ゴムしろよ」親父は当然のように財布を取り出した。

「待てよ。おい待てよ」

「なんだ冬弥。まだ覚悟が決まらないのか」

「覚悟云々じゃなくて、なんでいい天気ですね、そうですね、うふふ、みたいな感覚で初体験が決定されるんだよ。軽すぎだろ俺らの貞操」

「とーやくんえっちだね」


 俺は留美の口を抑えた。


「いいじゃないの。留美ちゃん冬弥と結婚できる?」

「えー、あー、はい。別にいいですよ」


 マジかよ。いいのかよ。俺の人生とんとん拍子過ぎだろ。


「ほらイチャイチャしていないでさっさと学校行きなさいアンタら。留美ちゃんお代わりしすぎだからしばらく禁止ね」

「え、やだ、え、おかわり……! たくあん……!!」


 俺との将来はたくあん以下のようだ。

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