第2話 一日目②

「さむっ」


扉を開けると、途端に私の体を寒風が襲った。薄い服1枚だけの私には堪える寒さだ


「うう…早く買って帰りましょう…」


そう言って出発しようとした時、とつぜん玄関の扉が開いて、家の中の暖かい空気が私の背中に触れる


「おい」


「!」


驚いて振り返ると、そこには扉の隙間から顔を覗かせる主様がいた


「な、なんでしょうか」


「これを持っていけ」


そう言って、主様はなにか布のようなものを投げてくる


「これは…上着でしょうか?」


「そうだ、今日は冷え込むだろう」


なんと、主様が上着を持ってきてくださったのだ


「でも…私程度の奴隷が主様の上着を着るなど…」


「黙って着ろ、人の厚意には甘えておくものだ。」


「は、はい、ありがとうございます」


「ふん」


主様はそれだけ言って家の中へ帰って行った。


「あったかい…」


私は上着を着て、そう呟く。なにか、上着の温かさとは違う温かさを感じた気がした


「お金と…地図と…よし!準備万端です!」


そして、忘れ物がないことを確認して、お金と一緒に渡されていた地図を見ながら市場の方へ歩き始める。


「それにしてもこの上着、主様のにしては小すぎじゃありませんかね…?」


━━━━━━━━━━━市場━━━━━━━━━━


「安いよ安いよ!新鮮な野菜が大銅貨2枚で買えるよ!」


「新鮮な豚肉がから!銀貨1枚さぁ買った買った!」


そんな声がそこら中から聞こえてくる。こんな寒さでも市場は人で溢れかえっている


「おい!そこの嬢ちゃん!何を探してるんだ?」


買うものを探すために辺りを見回していると、突然赤い髪の男性に声をかけられた


「あ、えっと、パスタとチーズとミルクと…ベーコンを」


「そうか!パスタはあそこ、チーズとミルクはあそこ、ベーコンとか肉はあそこに売ってるぜ!」


男の人はそう言いながら、辺りを指さしてお店の場所を教えてくれた


「見た感じ奴隷みたいだが、頑張れよ!俺はハリス!なんかあったらあそこの店にいるからいつでも連絡してくれ!」


「は、はい、ありがとうございます」


ハリスさんはそれだけ言ってどこかへ行ってしまった。最初は不審者かなにかだと思っていたが、ただの親切な人だったらしい


「ふぅ…びっくりしました…」


危ない人じゃなくて良かった、と思いながら、教えてもらった店へ足を進める。人混みに足を取られながらも、無事に買い物を済ませることが出来た


「えっと…パスタと、チーズとミルクと…よし!全部買えました!」


買い物を済ませ、買い忘れがないかを確認する。


「あとは帰るだけなんですけど…ここ、どこでしょう…?」


買い忘れがないことも確認できて、帰ろうとした時、ここがどこか分からないことに気がついた。恐らく、知らないうちに人混みにながされてしまったのだろう


「どうしましょう…」


そう悩んでいると、突然後ろから声をかけられた


「よぉ、嬢ちゃん」


「あ、ハリスさん!」


なんと、声をかけてきたのはさっき店の場所を教えてくれたハリスさんだったのだ


「なにかお困りかい?」


「少し…道に迷ってしまって」


「お、そうか。ちょうど俺も市場の外に行く予定だったんだ、ついてくるか?」


「いいんですか?」


「もちろん」


「では、お言葉に甘えさせていただきます」


ハリスさんが市場の外まで案内してくれることになった。親切な人がいて良かった、と心の底からそう思う


「嬢ちゃん、腹減ってないか?」


市場の中を歩いていると、ハリスさんが声をかけてきた


「お腹ですか?少しだけ小腹すきましたけど…大丈夫ですよ。家に帰ったらすぐ食事作るので」


「小腹か…よし!クレープ買ってやる!」


ハリスさんがいきなりお腹のことを聞いたと思ったら、そんなことを言い出したのだ。


「ク、クレープですか…?いやいや、悪いですよ」


「いいからいいから、子供は大人に甘えとくもんだ」


「いやいや!大丈夫ですって!」


私は甘いものが好きだ。だが、自分で買うのと他の人に奢られるのとでは訳が違う、ましてや、今日色々と助けられた相手にそんなことをさせてしまうなんてこっちとしても気が悪い。あと私は子供じゃない


「いいから甘えとけって、奴隷ってことは甘味もそんな食べたことないだろ?」


そうだ、私は甘いものが好きとは言ったが、奴隷商店に居た時代、食べられた甘味と言えば、新年に出される少しばかりのケーキくらいだった。あとはたまに砂糖が単体で出るくらいで、まともに甘味など食べたことがなかったのだ


「まぁ…それは…」


「だろ?だったら1回くらい食べてもバチ当たらねぇよ!」


「で、でも…」


「俺に払わせるのが申し訳ないなら、いつか俺の店でクレープ分の買い物してくれよ!それでチャラだ!」


「ま、まぁ…それなら…」


私はハリスさんに上手く乗せられてしまった。仕方がないだろう、そんなに押されたら断る方が申し訳ない


「決まりだな!」


そう言ってハリスさんは、私の腕を取ってクレープ屋さんへ向かっていった


「おいおっちゃん!やってるか?」


「やってるよ、買ってくかい?」


ハリスさんが声を上げると、店の奥から30代前半くらいのおじさんが出てきた


「俺はいつもの、おい嬢ちゃん、どれ食いたい?」


「あ、じゃあ…このいちごのやつで」


そう言って私は、少し背伸びしてメニューを指さした


「このいちごのやつくれ!」


「あいよ、大銅貨6枚だ」


「これで」


店主のおじさんは代金を貰うなり、すぐクレープを作り出した。薄い生地が徐々にスイーツや果物で彩られていく様は、見ていてすこし気持ちがいい


「はい、こっちがハリス、こっちが嬢ちゃんのな。」


「ありがとよ、また来るわ」


「あいあい、まいどありー」


店主のおじさんはそれだけ言って店の奥へと消えてしまった


「ほら、これ嬢ちゃんのクレープな」


「あ、ありがとうございます」


「食ってみな、めっちゃ美味いぜ」


「そ、それでは…」

「!」


ぱくり、とクレープを一口頬張る。途端に、口の中にクリームといちごの甘みが爆発するように広がった


「〜〜〜〜〜!」


「どうだ、うめぇだろ」


「!!!」


あまりの美味しさに口を開けず、ハリスさんの問いに対して頷くことしか出来なかった


「はは、そんなうめぇか」


「はい!とても美味しいです!」


「そりゃあ良かった。さ、もう暗くなってくるしそろそろ行くか」


「わかりました!」


そうして、ハリスさんのおかげで無事、迷うことなく家へと着くことができた。


「ふぅ…まだ口の中にクリームの風味が…っと、そろそろ食事を作らないと…」


今日のクレープの味を噛み締めながら、家の扉を開いて、こう呟く


「ただいま帰りました」

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