ヴァルジンティン ジェミニ

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第一章 春蕾

第1話 この残酷な世界を憎んだ男

「サトリくん、君の成功は私が保証する」

 モロダシさんが、俺のケツを引っ叩く。

 それは、彼なりの激励のしるしだった。

 20メートルほど先には、イセイティンの「タンキィ」がいる。

「タンキィ討伐の難易度は『下の上』、口コミで言うところの『星2.3』だ!」

 モロダシさんは、スマホで「ANAR(エイナル)データベース」を確認しながら言った。

 これから俺は、初めてイセイティンに挑む。

 大丈夫、俺ならやれる。

 俺は、モロダシさんから渡されたアイテム、「キッスィン・グランマ」を取り出した。

 それは、キス顔をする老婆を象った模造品であり、俺がヴァルジンティンに成るための変身アイテムである。

 服を捲り、キッスィン・グランマの口元を俺の左乳首に直接当てる。キッスィン・グランマの生温かい熱が、俺の左胸から身体全体へと流れ込んでいく。

 俺は、それをとても気持ち悪く思う。身体が震えて体毛が逆立つ。

 しかし、その先に微かな心地良さが垣間見える。

 俺は、それを拾い上げる。

 やがて俺の身体の全体が熱を帯び始める。

 その熱は徐々に膨張していき、宇宙の巨大な闇に向かっていく。

 その時、全てが一体となる。

 全ての存在や時空間が繋がり、ただ一つの現在へと集まっていく。

 俺は、力の限り叫ぶ。

「シャカモード!!」

 その瞬間、俺の身体から強烈な七色の光が一気に放たれる。

 



 七色の光が世界に溶けてなくなる。

 そして、俺はグレーの肌を纏うヴァルジンティンとなった。

 グレーは、最も特徴のない色だといわれることがある。

 そういった意味では、最も特徴的な色だとも言える。




 討伐対象のタンキィが、俺の存在に気がつく。

「聞こえるかァッ!サトリィッ!」

 ANAR特製キックボードに乗ったモロダシさんの声が聞こえてくる。

「はい!聞こえます!」

「私は、タンキィの情報を解析する。君は、講義で教えた通り、奴のゴールデンポイントを探すんだ!」

 俺は頷き、2年間に渡る過酷な日々の中で叩き込まれた知識を思い出す。

 「ゴールデンポイント」は、イセイティンの急所である。

 それは、心身に一定の負荷が与えられると光を放ち始め、負荷量が増えるにつれてその光は強まっていく。

 心身負荷量が最大限に達すると、光は点滅する。

 そして、点滅した光を、人差し指と親指で2度つまむと、光が湿っぽくなる。

 その湿っぽくなった光に、片手で手のひらを向けながら、「ざぁんね〜ん!」とトドメのコトダマを送ると、光は爆発して消えて、その瞬間に勝利が決定する。

 このゴールデンポイントを見つけるためには、敵の仕草や行動を注意深く観察し、考察していかなければならない。

 敵の行動を引き出すには、コトダマをぶつけることが最も有効だ。

 そして、いつの日か、モロダシさんは言っていた。

 「最も強力なコトダマは、実にシンプルだったりする」と。


“バァカッ!”


 俺の放った小さなコトダマが高速でタンキィへと向かい、命中する。

 モロにくらったタンキィは、大きくよろめく。

 手応えを感じた俺は、さらに追い打ちをかける。


“バァカッ! バァカッ! ブワァアカァッ!!”


 タンキィは一瞬よろめくが、すぐに体勢を立て直す。

「サトリィィッ!! 君のボキャブラリィはどうなってんだぁっ!」

 モロダシさんの怒号が、鼓膜を揺さぶる。

 そして、俺の下腹部がうっすら光る。

「おい! 何で君がダメージを受けているんだぁっ!!」

 キックボードを全速力で走らせながら、モロダシさんが叫ぶ。

 しかし、すぐに彼は気が付く。

「君って、もしかして、意外と繊細だったのかぁ!?」

 モロダシさんの言葉に反応して、俺の下腹部が強い輝きを放つ。

 やめてくれ、俺が繊細なはずはない。だって、「繊細」ってことは、小さなことを必要以上に気にしてしまう人間だってことだろう? 小さなことを必要以上に気にするってことは、それだけ気の小さな人間だってことじゃないか? 俺はそんなんじゃあない。俺が気の小さな人間じゃないことの証拠は山ほどある。前に勤めていた会社の新入社員歓迎会で、同期の中で俺だけが話を振られなかった時、俺は冷静でいられた。友達と3人でカラオケに行った時、俺が歌っている途中で2人がトイレやドリンクのおかわりで部屋を出た時も、俺は歌い続けることができた。学生時代、鬼教官として恐れられていた担任の先生が、フリルを着込んだ女性とデートしているのを街中で偶然見かけた翌日だって、俺はその先生といつも通りのコミュニケーションをとることができた。

 そんな俺が繊細なはずはない。俺が気の小さな人間なわけがないっ!!

 焦った俺は、やけくそになってコトダマを打ちまくる。


“クソッ! ガキ! 死ね! アホ!”


 コトダマは全て命中しているが、タンキィには全く効いていない。

「サトリィッ! コトダマは無限に打てるわけじゃないぞ! たとえどんなに微弱なコトダマであっても、シャカモードの持続時間が減少するということを忘れるな!」

 モロダシさんの大声を聞いて、俺は思い出す。

 そうだ、すっかり忘れていた。

 シャカモード持続時間は60分間であるが、それは周囲に人がいない状況で、地面に座り込んで、耳を完全に塞いで、さらに何も考えていない場合の話だ。

 敵からのダメージを受けることはもちろん、心身に負荷を与えるだけでも持続時間は減少してしまう。その中でも、コトダマの放出は特に負担が大きい。

 また、ヴァルジンティンのシャカモード戦闘可能時間は、たとえ熟練者であったとしても、もって3分間という。

 他のイセイティンであれば、もっと長い戦闘が可能なこともある。

 しかし、エネルギー消費の多いヴァルジンティンはかなり短く限られている。




 あっという間に、俺のゴールデンポイントが点滅し始める。

 タンキィに目を向ける。地団駄を踏むタンキィの姿が見える。

「サトリ! 気をつけろ! 奴はコトダマを放てないが、シンプルに暴力を振ってくるぞ!」

 向こうにいるモロダシさんから、ネガティブな情報が伝えられる。

 俺は、討伐難易度が「下」のイセイティンは攻撃をしてこないものだと勝手に思い込んでしまっていた。

 しかし、いざ蓋を開けてみると、シンプルに暴力を振ってくるという。

 向こうから、キックボードに乗ったモロダシさんが、全力で地面を蹴ってこちらに向かってくる。

「4往復して分かった情報を伝える! いま、君とタンキィの間の距離は、15メートルだ!!」

 モロダシさんが叫ぶ。

 それと同時に、タンキィの目の色が変わる。タンキィがクラウチングスタートの姿勢をとる。 

 まずい、身体が思うように動かない。

 俺は、タンキィの突進を避ける自信がない。

 


15メートル地点、タンキィが走り出した。


13メートル地点、俺は奴に効くコトダマを紡ぎ出そうと、もがく。


10メートル地点、俺はもがくのをやめて、遺言を考え始める。


7メートル地点、遺言は、「生まれ変わったら石油王になりたい」に決定する。


5メートル地点、石油王の自分が豪遊している様子を思い浮かべる。


3メートル地点、想像の世界で、とつぜん石油が止まり、借金に追われる。


2メートル地点、世界の残酷さに打ちひしがれ、この世の全てを憎む。




1メートル地点、タンキィが盛大にこける。



“だっさ”



 無意識に、俺はコトダマを発していた。

 それはタンキィの脳天に直撃して、たった一発でゴールデンポイントを発現させ、さらに点滅させた。

 俺は、点滅するゴールデンポイントの光を1回引っ叩いたのち、2度つまんだ。そして、「ざぁんね〜ん!」と出来る限りの大声で叫んだ。

 すると、光が爆発し、タンキィの姿はなくなった。




 シャカモードを解除し、俺は人間の姿に戻った。

「おめでとう」

 拍手をしながら、モロダシさんが近寄ってきた。

「今日から、君は正式にヴァルジンティンだ」

 そう言って、モロダシさんが握手を求めてきた。

 俺はその手を強く握った。

「ところで、君は最後、すごく落ち着いていたね。最も危険な状態であれほどの冷静さを保っていられるとは、師匠ながら恐れ入ったよ。まったく、メンタルが脆いんだか強いんだか、君は不思議なやつだよ」

 モロダシさんは、俺のケツを思い切り引っ叩いた。

 それは、彼なりの激励のしるしだった。

「モロダシさん。そのお言葉は、俺には勿体無いです。俺はただ、自分に出来ることを全力で取り組んだまでです」




 ふいに、夜空を見上げた。

 この世界には、あの星の数と同じくらいのイセイティンが紛れ込んでいる。イセイティンが大勢いるということは、俺はこれから沢山の戦いを強いられるということだ。

 この戦いは、あくまでもスタートラインにすぎない。

 俺は、そっと自分の左乳首を擦った。





               [第2話 曝け出せ、包み隠す事勿れ]に続く




 

 

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