第5話学と玄武

「学、まだ熱があるから、今日も学校を休みなさい。いいわね。」

「うん、解った。ベットの上でゆっくりするよ。」

「じゃあ、学校に連絡しておくから。」

そう言って母さんは今日も学校に休みの連絡をいれた。

「あ、先生ですか。学の母ですが、今日も熱が下がらないので、お休みさせてください。」

「解りました。学君、出席日数がギリギリですが、成績はいいので、進級できるといいですね。」

「ええ、小さい時から原因不明の虚弱体質と言われて、病気ばかりで。あちこちの病院で検査しているのですが。」

「そうですか、お大事に。練習問題をメールしておきますので、体調がいい時にやっておくようにしてください。」

学はベットの脇に置いてある推理小説を寝ながら読み始めた。

学の夢は探偵になることだった。

日本には謎解きをする探偵はいないから、さしずめ刑事になれたらいいなと思っていた。

ただし、この虚弱体質を何とかしないと、警官の試験に、体力の試験で落ちてしまうだろう。

「午後に明治病院のいつもの定期健診予定なんだけど、学、行けそう?。」

「うん、熱が下がってきたから、大丈夫だよ。タクシーを呼んでおいてよ。僕一人で行ってくるよ。」

「一人で大丈夫?。母さん、仕事を休んでついて行こうか?。」

「大丈夫だよ。慣れてるし、母さんが来てもすることないし。仕事に行ってよ。」

午後になり、タクシーに乗って、いつもの病院でいつもの検査をして、いつもの先生に

「特に変わりはありません。」

と、いつもの言葉をかけられた。

いつもは、病院の前からタクシーに乗って帰るけど、ちょっとだけ気分がよかったから、すこし歩こうと100メートルくらい進んだら、息が切れて道路の横に座り込んだ。

すると、目の前に古びた木造の小さな店が見えた。

看板は汚れてたし、難しい漢字が書いてあったから、よくわかんなかったけど、ペットという文字だけは読めた。

その店の入り口は、ガラスの引き戸になっていて、外からでも、犬や猫がケージにはいっているのが見えた。

僕は、道路の横に座り込んでるよりましだと思って、恐る恐る中に入った。

「ごめんください。」

と言ったら、

「なんか妖怪?。」

と、耳元で、かすれた声がしたから、飛び上がって驚いちゃった。

いつの間にか、小さな皺くちゃな顔をした妖怪みたいなおじいさんが、僕のすぐ横に立っていた。

いつの間に来たんだろう?。

僕が、じろじろ見てたからおじいさんがこう言った。

「なんか用かい?。」

「僕、苦しくなっちゃって、ちょっと休ませてもらえますか?。」

女の人が椅子を持ってきてくれたので、それに座っていたら、だんだん心臓が楽になったきた。

「亀もいるんですね。」

「亀が好きなのかい?。」

「うん、亀は万年って言って、健康のお守りになるでしょ。僕、体が弱いから、健康になりたくて。」

「じゃあ、この亀がぴったりじゃ。玄武というんじゃ。この亀を飼ってくれるかい?。」

「うん、ぜひ。」

千円払って亀を持って、店の外に出た。

なんだか体調がよくなったから、歩いて家まで帰った。

家につくとなんだか、おなかがすいてたまらなかった。

母さんはまだ帰ってなかったけど、母さんが作っておいてくれた昼食がほとんど食べずに残っていたから、それを全部食べた。

「ただいま、検査どうだった?。」

「いつもと変わりなしって言われた。」

「あら、どうしたの?、その亀。」

「病院の途中にペット屋があって、そこで買ったの。飼ってもいいでしょ?。」

「いいけど、水槽とか、エサとか用意してあげないと。」

「夕食の後に一緒に買いに行こう。夕飯なに作るの?。おなかがすいちゃった。」

「珍しいわね、いつもちょっとしか食べないのに。あら?、昼食全部食べたの?。すごいわね。」

夕飯に母さんがカツカレーを作ってくれて、僕はお代わりして皆を驚かせた。

「すごいな、学がお代わりするなんて。顔色もいいし。元気そうじゃないか。」

「そうなの、お昼ご飯も全部食べてあったの。」

「亀って健康のお守りになるんでしょう?。この亀を買ってから、すごく調子がいいんだ。」

「じゃあこの亀に、お礼に立派な水槽やおいしいごはんを買ってあげないとね。」

「そういえば、この亀、名前はなんて付けたんだ?。」

「ペット屋のおじいさんが、玄武っていってたよ。」

「すごいな、玄武っていうのは健康や運気をつかさどる神獣なんだよ。亀と蛇が一体になった姿をしているそうだ。」

「やっぱり、僕、玄武のお陰で健康になれたんだ。ありがとう、玄武。僕、君を大事にするからね。」


次の日、久しぶりに学校に歩いて行った。

「おはよう。」

「あれ?、学?。歩いて学校にいくのかい?。珍しいな、大丈夫か?。また途中で、倒れたりしないかい?。」

「うん、たぶん大丈夫。なんだか、昨日から調子がいいんだ。」

「よかったな。そうだ、休み時間に勉強教えてくれないか?。もうすぐテストだろ。」

「もちろん、先生が練習問題をメールしてくれて、それをやってあるから。僕、勉強を教えてあげられると思う。」

「俺は、毎日学校に来ても勉強解らないことが多いのに、学は学校休んでても成績良いんだよな。」

「母さんが家で勉強みてくれるからな。母さん教え方うまいんだ。」

家に帰ってからすぐに学は玄武を水槽から出して、足を拭いてあげて、机の上にはなしてから、数学の宿題を始めた。

玄武は僕が宿題をするのをしばらく大人しく眺めてた。

そして突然動きだしてコロンと机から落ちた。

そして、ゴソゴソやっていたと思うと、床に置いてあったトランプのケースをひっくり返し、一枚のカードを咥えて勉強している学の足に自分の前足を置いた。

「どうしたんだい?。玄武。遊んでほしいのかい?。先に数学の宿題を済ませてからなら遊んであげるよ。」

ふと見ると、玄武は8のカードを咥えている。

「まさか?。」

学が計算を終えるとその答えも、8だった。

「すごい。玄武は中三の数学ができるのか。」

玄武が見守ってくれてると宿題も楽しかった。

今まで病気で学校を休んでばかりで、友達もあまりいなかったけど、相棒ができたんだ。

「なあ、相棒。これからずっとよろしくな。」

僕は玄武の甲羅を撫でた。

玄武からエネルギーが伝わってくるみたいだった。

「どうしてだろう?。僕は、玄武といると元気になるんだ。」


それからの僕は、皆が驚くくらい元気になった。

熱を出さなくなったし、学校を休まなくなって、体育の授業に出られるようになった。

体力も徐々についていって、長距離走までできるようになった。

初めて遠足にも、体育祭にも参加した。

水泳も始めた、自転車にも乗れるようになった。

いままで諦めていたことがなんでもできるようになった。

そして、今日はキャンプの日。

「では、班の半分が、テントを設置し、のこり半分が食事の用意をするように。あと、先週の大雨のせいで、川が増水しているので川には近寄らないように。」

「よし、始めよう。じゃあ、学。手順を頼む。」

「まず、テントを広げ、ポールを通し、エンドピンに差し込んで、インナーテントとポールを結合。フロントポールを設置し、リアバイザーポールも設置、ペグを打ち込み、リッジポールを固定し、フライシートをかぶせ固定した後インナーテントに接合。フライシートをペグダウンさせ地面に固定。以上だ。さあやってみよう。」

テントはなんとか設置できたので、全員の荷物をテントに運び入れ食事の支度の手伝いにまわった。

「そこにある野菜をサラダ用に切って盛り付けてくれる?。もう一人は、お皿を用意して。ごはんとカレーをよそって。あと一人は飲み物が管理棟の冷蔵庫にはいってるから、もらってきて。」

「うわ~、せっかく洗った野菜を落としちゃった。また、洗に行かないと。」

「痛い、手を切っちゃった。」

「誰か、絆創膏を持ってない?。」

「あれ?、これ砂糖だ。どうしよう、塩と間違えて砂糖をカレーに入れちゃった。」

「火が消えちゃった。まだ、野菜が生煮えなのに。」

あっちこっちで大騒ぎ。

夕食は飯ごうで炊いたちょっと柔らかめのご飯にカレーとサラダ、お茶とジュースに饅頭だったが、皆、お代わりまでして美味しくいただいた。

その後はキャンプファイアーを囲みながら、歌ったり踊ったり、マシュマロを焼いたり。

「天気が良くて、よかった。先週は雨ばっかりで、キャンプは中止かと思ってた。」

「僕、キャンプ初めてだから。すごく楽しみにしてたんだ。来てよかった。みて、星があんなに沢山見える。」

初めてのキャンプではじゃいだせいか、その夜は横になるとすぐにぐっすりと眠ってしまい、朝早く目が覚めた。

「なんだ、まだ六時前か。みんなまだ眠ってるな。すこし外で散歩して来よう。」

朝のキャンプ場は清々しく、気持ちがよかった。

少し歩くと、川辺に出た。

「まだ、川の水が多いな。あれ?。あの娘、川に向かって歩いてく。おい!。危ない。川に入っちゃだめだ!。」

その娘は真っすぐ凄い勢いで流れている川に入っていき、上流から流れてきた子猫をつかみ、バランスを崩して倒れ、流された。

僕は無我夢中で川に飛び込み、なんとか彼女をつかんだが、流れが強すぎて、二人共流され続ける。

水を飲み込んで彼女がゲボゲボしているのが解るが、どうしようもできない。

僕も水を飲み込んでしまった。

息が苦しい。

僕らこのまま死んでしまうのかな?。

その時、体の下に何か固い大きなものがあったったかと思うと、ふっと浮き上がり、川から僕らを助けて、川岸のゴロゴロした石の上にそっと僕らを降ろした。

「お前、玄武なのか?。」

大きな黒い亀と蛇が一体になった神獣が、僕らを見下ろしている。

彼女はピクリとも動かず、息もしていない。

「大変だ。水を飲んだから。」

玄武が彼女と子猫に尻尾で触れた。

ゴボッと音がして彼女が水を吐き出した。

玄武はシュルシュルと小さくなり、いつもの大きさに戻って、僕の方を見ると、忽然と消えた。

「私、助かったの?。あなたが助けてくれたの?。ごめんなさい。あなたまで危険な目に合わせてしまって。」

「にゃー。」

「あ、猫ちゃん大丈夫だった?。よかった。」

「とにかく、先生の所に行こう。僕らびしょ濡れだし。」

びしょ濡れの姿で先生たちのテントに行った。


「体調に問題なければ、先に更衣室で着替えてから、もう一度ちゃんと話しなさい。具合が悪くなったらすぐに、病院にいかないと。」

二人共、先生にメチャメチャ怒られたけど、何とか許してもらって、キャンプは続けられることになった。

子猫はミルクをもらって、膨らんだおなかを上に眠ってしまった。

「さあ、二人はキャンプに合流して朝食を取りなさい。おなかを壊したりしたら、すぐ先生に報告すること。」

結局二人共お腹も壊さず、元気一杯でキャンプを楽しんだ。

玄武のお陰なんだろうと、僕は思ったが、彼女には言わなかった。

「私、2組の清水百合。よろしくね。あなたは、1組の篠原学くんでしょ?。」

「よく、僕のことを知ってるね。」

「だって、成績優秀者の発表でいつも成績上位で名前が載ってるでしょ。あと、本をよく借りてるじゃない。私、図書委員なの。」

「そうなんだ。本を読むのが好き?。」

「ええ、推理小説をよく読んでいるの。」

「本当?。僕も推理小説よく読むんだ。誰の作品がおもしろい?。」

清水さんとは推理小説の話で盛り上がった。

僕はホームズが好きで、清水さんはルパンが好きだったけど、読んでる本はだいたい同じだった。

「本の事を話せる友達が出来て良かった。」

清水さんがそう言った。

僕も同じ気持ちだった。

「僕、大人になったら刑事になりたいんだ。」

「学君だったら、きっとなれるよ。」

「清水さんは何になりたいの?。」

「校閲者になりたいんだ。」

「校正と校閲の仕事ってどう違うの?。」

「校正と校閲はどちらも「原稿を確認して誤りを正すこと」だけど、校正は「表記の誤りを正すこと」。校閲は、「内容の誤りを正すこと」よ。」

「難しいそうな仕事だけど、やりがいがありそうだね。」

「そうなの。良かった、学君に笑われなくて。」

「僕は清水さんの夢を笑ったりしないよ。」

僕らは、自分たちの夢が叶ったら一緒にお祝いしようって約束したんだ。


家に帰ると、先生が電話をしたらしく、母さんが真剣な顔で僕に諭した。

「川でおぼれている子を助けたんですって?。いいことではあるけれど。本当は自分で川に飛び込んだりしたら、ダメなのよ。大人を呼んで、川岸から浮き輪とか投げるべきなの。」

「ごめんなさい。考える前に体が動いちゃったんだ。これからは、ちゃんと考えてから、行動するよ。」

「お願いよ。おぼれた人を助けようとして沢山のひとが亡くなっているんだから。」

僕は玄武の所にいって、

「玄武、本当にありがとう。君が来てくれなかったら。僕ら死んでいたよ。」

と、お礼をいってから、レタスを沢山あげて庭を散歩させた。


翌日、家族でおばあちゃんの家に遊びに行った。

おばあちゃんは父さんのお兄さんと一緒に山の麓に住んでいる。

「叔父さん、この家、凄く古そうだけど、築何年?。」

「多分、築180年だったと思う。古い家はきらいか?。」

「ううん、僕この家好きだな。」

「おばあちゃん、体調はどう?。」

「何だかとっても体調が良いよ。」

「昨日までは、布団から起きられなかったじゃないか。」

「きっと玄武のお陰だよ。」

「玄武?。」

「この亀の名前だよ。」

「いい名前をつけたね。玄武は北方の守護神で、その霊力で災厄を寄せつけず、長寿を約束してくれるって言うよ。」

「そうなんだ。僕、玄武のお陰でこんなに元気になったんだよ。」

「そうだね、それでおばあちゃんも今日は元気になったんだね。」

その日は1日中雨が強く降っていた。

「先週からずっと雨ばかり。土砂崩れにならないと良いけど。」

叔父さんが心配そうに、雨を見ながら言った。

その日の夜もずっと雨は降り続いた。

夜明けにドドドドって凄く大きな音と一緒に大きく地面が揺れた。

「地震?。」

「みんな、じっとしていて。外の様子を見てくるから。」

叔父さんがカッパを着ながら、外に出た。

「大変だ。土砂崩れで近所の家が潰されてる。母さん、消防団に連絡して。俺はみんなが無事か見てくる。」

叔父さんはスコップを片手にまた外に出ていった。

おばあちゃん家の両隣が土砂崩れで潰されたけれど、住人は何とか無事だった。

右側の家の人達はたまたま旅行中で家には誰もいなかった。

左側の家には人が居たけど、幸い怪我はなく、泥だらけになっただけだったから、おばあちゃん家でお風呂に入った。

「この亀は、本当に玄武なのかもしれないね。玄武の力で災害を寄せ付けなかったから、家だけ無事だったんだ。ご先祖様の建てた家を護ってくださってありがとうございます。」

そう言って、おばあちゃんは玄武を拝んだ。

「また僕玄武に助けて貰ったね。ありがとう。」

おばあちゃんの畑で採れたキャベツとキュウリを玄武は美味しそうに食べていた。

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