第3話クリスと管狐

占いって行ったことがある?。

私の母さんは占い師なんだ。

占いの店ミカエルっていう店に何人もの占い師が登録してあって、その日にでてきた占い師を本日出演中って紹介するんだ。

母さんは、美人だから占いに指名されることが多いの。

でも、母さん最近からだの具合が悪くて、仕事を休むことが多いから、お給料も少なくなっちゃった。

父さんがいないから、母さんがひとりで私を育ててくれてる。

3年前に父さんが「じょうはつ」してから、私と母さんの二人きりなんだ。

「じょうはつ」って知ってる?。

やかんをずっと火にかけっぱなしにしてると、入れておいたはずの水がなくなっちゃう。

それを「じょうはつ」っていうのに、人間も「じょうはつ」するなんて、不思議だよね。

父さんはやかんに入ったりしないのに。

父さんは優しくて良い人だった。

母さんも私もそう思ってたし、父さんを知ってる人は皆んなそう言ってた。

「良い人だから生きづらいのよ。」

って亡くなったおばあちゃんがよく言ってた。

「父さんは誰にも言えなくて悩んでたのかもしれないね。母さんが聞いてあげたかった。」

そう言って、いまでも母さんはよく泣いている。

「優しい人が私と母さんを置いて行っちゃうわけがないよ。父さん、本当は優しくなかったんだよ。」

私は母さんにいつもそう言っている。

父さんがいなくなって苦労してる母さんに、後悔なんてしてほしくないんだ。

母さんの両親はもう亡くなってるし、親戚も近くにはいないから、学生時代の友達だけに、母さんはなんでも話せるみたい。

私が小さい時から、彼女とはよく会っていた。

彼女には私と同い年の男の子がいて、旦那さんは出張でほとんど家にいなかった。

母さんは彼女と会う時だけ、ホッとできるんだよって、言ってる。

母さんにそんな友人がいることが、私は少しうれしい。


今日は母さんは体の調子がいいから、占いに出かけた。

母さんが占いに出てるとき、私はだいたいあちこちの公園で遊んでる。

誰もいない家で待ってるのが、好きじゃないの。

今日も公園の帰り道、いつもと違う道を通っていると、古びた木造の小さな店が目にはいってきた。

看板は汚れてたし、難しい漢字が書いてあったから、よくわかんなかったけど、ペットだけは読めた。

その店の入り口は、ガラスの引き戸になっていて、外からでも、犬や猫がケージにはいっているのが見えたよ。

ペットが家にいたらいいなと思って、私は、そっと中に入った。

ポケットには3百円しかないけど、金魚くらいは買えるかも。

「いらっしゃいませ。」

と、耳元で、かすれた声がしたから、飛び上がって驚いちゃった。

いつの間にか、小さな皺くちゃな顔をした妖怪みたいなおじいさんが、私のすぐ横に立っていた。

よく見たら、おじいさんだけじゃなかった。

おじいさんの肩にはおじいさんとそっくりのしわくちゃな顔をしたサルがチョコンとのっていた。

おじいさんとさるがジーっと私をみてる。

「えーと、何か安く買えるペットがいますか?。」

「あんたのお母さん占いをしてるのかい?。」

「え?、おじいさん、どうして解るの?。」

おじいさんは小さなきつねを持ってきた。

「どうじゃ?、この子を飼いたいかい?。」

「すごく可愛いきつね。きつねの赤ちゃんかな?。でも私、3百円しか持ってないんの。」

「かわいがってくれるなら、3百円でいいよ。管狐というんじゃ。」

「本当にいいの?。うん、私大事にする。」

家に帰って、小さい頃ゴールデンハムスターを飼ってたケージに入れてあげた。

このきつねは小さいから回し車にもラクラクはいった。

どうやら回し車が気に行ったらしい。

きっとまだ赤ちゃんの狐なんだろう、ゴールデンハムスターと同じくらいの大きさの狐なんてはじめて見た。

「名前はクーにしよう。よろしくね、クー。私はクリス。」

おじいさんが言ってた、管狐をしらべたら、

「ヒトの人生を覗き見する。小さな狐で、修験者や行者が飼いならし、ご祈祷する際、呪文を唱えて神仏に伺いを立てるとこれに答えてくれる。」

ってあった。

管狐って、ちょっと占い師に似てるのかな?。

小さな狐って書いてあるけど、大人になったらどれくらいの大きさになるんだろう?。

クーはキャットフードや果物も木の実も何でもよく食べた。

でも大きさは全然変わらなかった。

可愛い首輪をはめてあげて、外に散歩に行くときにはリードをつけた。

今日、久しぶりに母さんが占いのお店に出演するから、私とクーも一緒についてったの。

歩いている途中で、クーが道路に落ちてたカードを拾って、それを口で咥えて私に見せたんだ。

きれいなラベンダー色のカードだったから、私、ポケットにしまっておいたの。

お店についたら、お客さんが母さんをまってた。

「好きな人にやっと貰った連絡先を書いたラベンダー色のカードを落としたので、それが何処にあるか占って欲しい。」

「わかりました。占ってみます。それはすぐ近くにあるようです。」

母さんが占ってるのをみて、さっき拾ったカードの事を思い出した。

「さっき、これ拾ったの。」

おじさんに見せたら大喜びされちゃった。

「そう、これです。どうもありがとう。」

おじさんは母さんにお礼にってたくさんお金をくれたらしい。

「帰りに美味しいもの食べようね。」

母さんは私とクーを褒めてくれた。

それからは、母さんは占いに出演する時には、私とクーも連れて行くようになった。

母さんが占いのカードを並べて、クーがカードを選ぶと面白いように占いがあたった。

ある日きれいなお姉さんが母さんに占ってもらいに来た。

「私の家に幽霊がいるみたいなんです。」

「幽霊をお祓いするのは、うちじゃあやってないのよ。」

と、母さんが断っても、

「この前占ってもらった時、すごくあたってたから、今回も占って下さい。幽霊を見つけてくれるだけでいいんです。お祓いは他で頼みますから。」

結局、私達はお姉さんの家に行くことになった。

ちょうど夜になっていたし、お姉さんが今日最後のお客さんだったから。

三人と一匹でお姉さんの家まで、レンガ通りを歩いていった。

クーは何時もと違う道なので、喜んでるみたいだった。

お姉さんのアパートは、明るくてきれいに片付いていて、幽霊が出るようには思えなかった。

クーの足をウエットティッシュで拭いて、クーもお姉さんの家に上がった。

「これ見て下さい。TVの画面が乱れたり、雑音が入ったりするんです。これって幽霊のせいでしょうか?。後、夜無言電話があったり、帰って来ると物が移動してたりすることもあります。」

「本当に?。幽霊がいたずらしてるの?。お姉さん、幽霊を見たことある?。あっ、クーどこ行くの?。ソファーの下なんかに入っちゃダメだよ。」

クーがいつまでたってもソファーの下から出てこないので、私たちはソファーを動かして、クーを捕まえた。

「クーったら、いつもはいい子なのに。ソファーの下に幽霊が隠れてるわけ無いでしょう?。」

と、言って私がクーを叱ると、

「私、お祓いが上手な人をしってるの。今から頼みに行きましょう。」

母さんの言葉で皆んなでお姉さんの家を出て右に曲がった。

「そういえば、ソファーの後にも三角コンセントが付いてたけど、あんなところのコンセントを使うことがあるの?。」

「いいえ、私、あんなところにコンセントあるって忘れてたし、三角コンセントなんか持ってたかしら?。」

母さんは、

「さあ着いたわ。」

って言って派出所に入って行った。

「お巡りさんって、幽霊退治もしてくれるの?。」

「すみません。彼女のアパートの部屋、盗聴されてるみたいなんです。TVに雑音がはいるし、無言電話があったり、帰宅すると物が移動していたり、後、ソファーの後ろに知らない三角コンセントが着いていました。」

数日後、警察が盗聴犯を捕まえたらしい。

同じアパートに住んでる男の人だったそうだ。

お姉さんはアパートを引っ越してから、占いのお店にケーキもってお礼にやってきた。

「盗聴されてるなんて、まったく考えませんでした。おかげで犯人も捕まって、安心できました。ありがとう。皆さんのおかげです。」

「クーがソファーの下に隠れてくれたおかげだね。」

と、私が言うと、

「クーちゃん用にナッツの詰め合わせもあるよ。」

と、お姉さんがナッツをたくさんくれた。

クーは嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねた。


クーのおかげで母さんは待っている人の長い列ができるくらい人気者になった。

おかげでお金がいっぱい貰えて、私たちの生活は楽になって、母さんの体調も良くなった。

「クーが家に来てから良いことばかり。幸せの狐なのかな?。」

「そうかもね。でもね母さん、どうして父さんの事を占わないの?。」

「占いって、自分の事は占わないものなのよ。」

「どうして?。父さん本当にじょうはつしちゃったの?。ヤカンのお湯みたいに?。」

「人間が蒸発するっていうのは、まるで蒸発したように、ある人が不意にいなくなり所在不明となることよ。つまりどこにいるかわからないの。」

「じゃあ、父さんがどこにいるのか占ってみれば?。」

「クリスには難しいかもしれないけど、父さんがいなくなる前に、私達、離婚届を出していたの。父さんがどうしてもって言ったから。」

「だからなに?。それでも、父さんの事、母さんは心配してるでしょう?。私、知ってるんだから。」

その時、クーが母さんの占いの道具の中から、トランプを一枚持ってきた。

そしてまた一枚、また一枚順番に並べて置いた。

「これって父さんの電話番号じゃない?。」

私の言葉に、母さんは少し迷ってたけど、スマホを取り出して番号を押した。

「はい、大河です。」

「あなた?、私よ、わかる?。」

「え?。香織かい?。どうやって俺の電話番号を?。」

父さんは連帯保証人とかになっていた人の借金を返さないとならなくなって、母さんに迷惑かけないように、母さんと離婚して、こっそり遠くに行って仕事をして借金を返していたそうだ。

もうすぐ借金を全部返せるらしい。

「そうしたら、また一緒に暮らそう。」

って母さんが言って、父さんが

「うん」って言った。

後半年くらいしたら父さんが帰ってくる。

そしたらまた家族みんなで楽しく暮らせる。

これも、皆クーのおかげだ。



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