第2話北斗とハルピュイア

復讐って言葉、キミは知ってる?。

予習復習の復習じゃない、復讐っていうのはひどいことをされた者が、ひどいことをした相手にやり返すこと。

キミは誰かに復讐したいって思った事あるかい?。

僕はあるよ。

今だって復讐したいって思ってる。

だって、あいつのお陰で、僕ら家族はメチャメチャになったのに、あいつは何ともないんだ。

おかしいと思わないかい?。

学校が終わっても、僕は真っすぐに家には帰らない。

だって、誰もいない家に帰るの嫌なんだ。

母さんには友達の家で遊んでるって、嘘をついてるんだけど、本当は公園や河原で時間をつぶしているだけなんだ。

その日は、ちょっと遠くの公園までいってみたんだ。

帰り道に変な古びた木造の小さな店が目にはいってきたんだよ。

看板は汚れてたし、難しい漢字が書いてあったから、よくわかんなかったけど、ペットだけは読めたんだ。

その店の入り口は、ガラスの引き戸になっていて、外からでも、犬や猫がケージにはいっているのが見えた。

「なんか妖怪?。」

耳元で、かすれた声がしたから、飛び上がって驚いちゃった。

いつの間にか、小さな皺くちゃな顔をした妖怪みたいなおじいさんが、僕のすぐ横に立っていた。

おじいさんだけじゃなかった、おじいさんの肩にはおじいさんとそっくりのしわくちゃな顔をしたサルがチョコンとのっている。

いつの間に来たんだろう?。

僕が、じろじろ見てたらもう一度おじいさんが言った。

「なんか用かい?。」

「ごめんなさい。ただ、入ってみただけ。ここはペット屋?。」

「そうじゃ。見ていくかい?。」

おじいさんとサルが僕をジロジロみてるんで、居づらくなって出て行こうとした。

「復讐したいんじゃないかい?。」

おじいさんの言葉に驚いて振り向いた。

「どうして解るの?。」

おじいさんは鳥かごの中の綺麗な鳥を出してきて、僕の肩に置いた。

「こいつはハルピュイアというんじゃ。復讐の手伝いをする怪獣じゃ。信じるかい?。」

おじいさんが何を言ってるの意味がわからなかった、ちょっとボケてるのかもしれない。

とても綺麗でかしこそうな鳥だ。

誰もいなくても、この鳥が待っていてくれるんだったら家に帰りたくなるかもしれない。

「綺麗な鳥。でも僕5百円しか持ってないし。」

「大事にするんだったら、5百円でいい。飼ってみるかい?。」

「本当?。僕、大事にするよ。家に帰ったら鳥かごに入れてあげるけど、帰り道ではこのままで大丈夫?。」

「大丈夫じゃ。肩にのせたまま帰りなさい。ただ、おどろかせないように。できるかい?。」

肩に鳥をのせたまま僕は家に帰ったんだ。

鳥は逃げたりしなかったよ。

家にあった鳥かごに鳥をいれた。

鳥の餌を買って来るために、僕は机の引き出しをゴソゴソかきまわす。

「あった!。いち、にい、さん。8百円ある。」

大急ぎで、鳥の餌を買ってきて、餌と水を鳥かごに入れてあげると鳥がきれいな声で鳴き出した。

「きれいな声。君、ハルピュイアっていった?。じゃあ、君の名前はハルだ。よろしく、ハル。僕は北斗。」

母さんが帰ってくるまで、まだ2時間もあったけど、ハルと一緒だからあっという間だった。

「ただいま。」

「お帰り、お母さん。僕、鳥を飼うことにしたんだ。見て、綺麗な鳥でしょ。鳴き声も素敵なんだよ。ハルって名前にしたの。

「まあ、本当に綺麗な鳥。ハル。よろしくね。北斗一人で面倒みれるの?。」

「もちろんさ。」

「なんていう種類の鳥なの?。」

「ハルピュイアっていうんだって。」

「まあ、聞いたことない名前ね。」

スマホでハルピュイアってしらべてみたら、

「ギリシャ神話に出てくる怪物、本来は風の精で、つむじ風や竜巻の様な、地上の物体や人間をさらって空に持ち上げ運ぶ現象を具象化した存在である。

『アルゴー号の探索(アルゴナウタイの冒険)』に登場し、罪を犯したピーネウスを苦しめるエピソードが有名。」

と、あった。

「あのペット屋のおじいさん、やっぱりボケてたんだ。このきれいな鳥が怪物な理由ないじゃん。そういえば5百円しか払って来なかったけど、店が損してたら悪いな。」

心配になって、今月のお小遣いを全部持ってあの店を探したけど、ぜんぜん見つからなかった。

「さあ、ハル。鳥かごのそうじをするから、窓際に出て。」

鳥かごのそうじをする間、ハルはそこから出て、窓際で日向ぼっこしながらいつも待っていた。

「はる、そうじ終わったよ。こっちにおいで。」

鳥かごのそうじがやっと終わったから、ハルを呼んだのに、なぜか戻って来ない。

いつもハルが待ってる窓際を探してみたけど、今日に限って見つからない。

念のために庭に出て探してみたけど、そこにもいない。

「まさか、僕をおいてどこかに行っちゃうなんてないよね。ハル。」

トゥルルル

家の中からハルの鳴き声がする。

ハルは僕の部屋の本棚の上でピョンピョン跳ねて遊んでた。

「なんだ、ここにいたのか。驚いちゃったよ。鳥かごがきれいになったから、エサを食べなよ。」

よっぽどおなかがすいてたのか、ハルはいつもよりたくさんエサを食べた。


その少し前。

「おい、こら、待て!。僕の学生証をどこに持ってくんだ。」

大学のキャンパスで、自動販売機に小銭を入れようとしたら、鳥がいきなり僕の学生証をくわえて大空に飛んで行った。

僕は大慌てで追いかけた。

「返せ!、それがないと困るんだ。」

鳥は、木の枝にとまったり、車の屋根で待っていたり、僕が近づくまで待っていて、僕の目の前でまた飛び始めた。

「こいつ、僕をバカにしてるのか?。」

その鳥は公園に着くと、ベンチに僕の学生証を置いてどこかに飛んで行った。

「やっと、学生証が戻ってきた。それにしても、何なんだ?、あの鳥。」

僕は財布の中にしっかりと学生証をしまった。

「ちくしょー!。バカヤロー!。」

酔っ払いが隣のベンチで騒いでいる。

「昼間からお酒を飲んで騒いでるなんて。」

僕の声が聞こえたのだろう、犬の散歩をしているおばさんが言った。

「そう思うのも解るけど、あの人かわいそうなのよ。うちの近所の人なんだけど、半年くらい前に交通事故にあって、足を悪くして、そのせいで仕事も辞めさせられて。奥さんが仕事に出ないといけなくなって。40歳すぎての転職は厳しいし、その上足も悪いから、何度受けても仕事が見つからなくて。家族バラバラみたいになってるのよ。」

半年くらい前の交通事故?。

僕は、酔っ払いの顔をよく見た。

それは、僕が半年前に自動車事故を起こした、被害者の顔だった。

「僕はちゃんと、保険で賠償もして、謝りにもいったし、僕はするべきことはした。後はあいつの問題だ。」

そう自分に言い聞かせて、僕は逃げるように家に帰った。

午後に大学の講義があったけど、何故か出席する気にはならなかった。

何時間もたったのに、あの酔っ払いの情けない姿と、犬の散歩をしてたおばさんの同情した顔が頭のなかでグルグルまわってなにもする気にならなかった。

コンビニで買い物でもしようと、外にでたらいつの間にか、あの被害者の家のまえに来てしまった。

スーパーからの帰りらしい中年の女性が、エコバックからネギだのなんだのをはみ出させながら、家に入っていった。

もう夜の9時すぎだ、こんなに遅くまで仕事をしているなんて。

家の中から子供の声が聞こえる、たった一人で留守番していたのか?。

10時すぎに足を引きずって暗い顔をしてあの被害者が帰ってきた。

よく見ると、スーツを着ている。

就職活動を続けてはいるのだろう、もしかしたら今日も面接で断られて、昼間から酒を飲んでしまったのかもしれない。

僕は暗い気持ちで家に戻った。

やっぱり、僕のせいであの家族が苦しんでいるらしい。

次の日、あの事故を担当してくれた保険会社の人に電話してみた。

「ええ、あの事故は示談が成立しています。あなたの責任は終わっています。ええ、被害者の会社に連絡するくらいならいいですよ。」

保険会社の人が被害者の会社に問い合わせて解ったことは、被害者はケガを理由にしてではなく、会社の業績が悪かったことによっての希望退職に応じた自主退職だということ。

自主退職では加害者に対して休業損害を請求できないこと。

「以前被害者が務めていた会社が業績が悪く、人員を減らさなくてはならなくて希望退職を募った時に、ケガで今までのように仕事ができない被害者が希望退職に応じてしまったらしいです。自主退職ですから、加害者のあなたには休業損害を請求できません。よかったですね。」

「なにが良かったですねだ。ちっともよくない。みんな、僕がケガをさせたせいじゃないか。」

それから僕は叔父に相談したり、大学の教授や友人に相談したりした。

僕は彼らから紹介された会社に行ってみて、被害者の説明をした。

何週間もかかったけれどそうして作ったリストを持って、日曜日に被害者の家を訪ねた。

「ごめんください。」

なかから出てきた中年の女性は僕を覚えていたらしく、

「はい、あっ、あなたは、どうして、あなたが家に?。」

母親の声が大きくなったのを聞いて、息子も顔を出した。

「あ!、おまえ、父さんにケガさせたヤツ。お前のせいで、みんなひどい目に合ってるんだ。」

「ごめんなさい。すこしでも罪滅ぼしになればって。これ、見てもらえますか?。ご主人の怪我のことも解ったうえで、面接をしてくれる会社のリストです。自主退職では、休業損害の請求ができなくて困ったでしょう。」

母親に、偶然被害者を見かけて、自分がさせたケガのせいで仕事が見つからないで苦労している事を知って、被害者の就職先をいくつか探したことを説明した。

「そう、こちらこそ、ごめんなさい。あなたも、後悔してくれてたのね。」

「はい、全部僕のせいですから。」

「今までは、そう思ってたけど、よく考えたら、運も悪かったのかも。とりあえず、あなたは帰りなさい。主人には私から話したほうがいいから。」

数日後、被害者、いや、篠崎正雄さんから連絡を貰った。

僕が紹介した会社のうちの一つに来週から務め始めるということ、自分もやけにならないようにするので、君も大学の授業に集中するようにと言われた。

数ヶ月がたって正雄さんが職場で楽しく働いており、脚も杖なしで歩けるようになったので、家に遊びに来ないかと連絡があった。

ケーキを買って正雄さんの家を尋ねた。

「悪かったわね、気を使わせて。」

正雄さんの奥さんはあの時見たような疲れ果てた様子はなく、明るく笑って迎えてくれた。

正雄さんも酔っ払ていた時の世の中にスネたような感じはまったくなく、優しい父親に見えた。

「美味しそうなケーキ。お礼に僕の大切な友達を見せてあげる。」

息子もあの時とは別人のようだった。

息子が連れてきた鳥をみて驚いた。

「この鳥が僕の学生証をくわえていったせいで、正雄さんにあったんです。」

僕が鳥を追いかけて公園にいき、酔っ払う正雄さんを見て、僕がさせたケガのせいで皆んなが苦労していることを知った経緯を話した。

「不思議な話ね。」

「たまたまこの鳥と同じ種類の鳥だったんじゃないの?。」

「こんな綺麗な鳥、他では見たことありません。ねえ、キミ、この鳥の種類はなんていうの?。」

「ペット屋のおじいさんは、ハルピュイアって言ってた。」

「ハルピュイアって、伝説の怪獣でしょう。たしか顔が女性で体が鳥。たしか復讐するんだ。」

「ごめんなさい。僕、お兄さんに復讐してやりたいって、前に思ってた。本当はこんなに良い人だったのに。」

「じゃあ、この鳥がわざと僕を正雄さんに合わせたのかな。復讐のために。」

ハルはトゥルルルと素敵な声で鳴いてしらないふりをしている。

「でも、そのおかげで僕らの家族は救われた。」

正雄さんの言葉に、僕も同意した。

「僕もあなた達家族の事を知って本当によかった。知らないまま過ごしていたらと考えると、ゾッとします。」

その後美味しい食事を皆んなで食べて、楽しい時間を過ごした。

「お兄さん、僕は学校で『謎クラブ』に入っていて、なぞなぞを作って発表してるんだけど、僕のなぞなぞに答えてくれる?。」

「いいよ。」

「じゃあいくよ、男が食べる食べ物はなんだ?。」

「男はMANだから饅頭かな?。」

「違うよ、男は彼だから、カレー。」

「そうか、次は?。」

「表と裏が一度で見れるものは?。」

「表裏一体?。」

「スコアボードだよ。」

「背景に月も日もないのはどこ?。」

「解った。背から月をとって、北。景から日を取って京。だから北京。」

「わあー。あたり。」


「もうこんな時間だ、そろそろおいとまします。」

お兄さんが立ち上がった。

「僕もコンビニで買うものがあるから途中まで一緒にいくよ。」

僕はお兄さんともう少し話したかったんだ。

二人で話しながら歩いていると、僕が知らない男性にぶつかってしまった。

「おい、どこ見てんだ。小僧。」

「ごめんなさい。」

「謝ればすむと思うなよ。」

男が僕に殴りかかろうとした。

「辞めろ。子供相手になにするんだ。」

お兄さんが僕を庇って僕に覆いかぶさった。

「なんだこいつ。痛い目にあいたいのか。」

男はお兄さんを何度も蹴飛ばした。

「ヒドイ。」

通行人からも声が聞こえる。

まだ男はお兄さんを蹴り続けてるのが、振動で伝わってくる。

「もうやめて。」

僕が泣きながら叫んだ時。

トゥルルル

「ハルの声がする。」

「ウワー、どうなってるんだ?。助けてくれー。」

上の方から男の声がしたので、僕とお兄さんが上を見た。

突然、男が空高く舞いあがっていた。

女性の顔で鳥の体の怪獣が男をくわえて空高く舞っている。

トゥルルル

空高くからハルの声がまた聞こえた。

男はスーツの襟を、街灯に引っ掛けられてぶるさがっている。

「助けて。」

弱々しい声で、男が助けを呼んだけど、皆んなスマホで動画を撮ってるだけだった。

「お兄さん、見た?。あれ、ハルだったよね。」

「ああ、ハルピュイアだった。僕らの復讐をしてくれたのかな?。」

「きっと、そうだよ。僕、またハルに助けられちゃった。」

でも他の人達にはハルがみえなかったみたい。

あとで側にいた人のスマホを見せてもらったけどハルは写ってなかった。

「凄い竜巻だった。あの男、空に飛ばされて街灯に引っかかったよ。」

皆んな竜巻のせいだと思ってるらしい。

男は、駆けつけたはしご車によって街灯から降ろされた。

そして、待ち構えていた警察官に連行されていった。

お兄さんのケガは幸い、たいしたことがなかった。

お兄さんは

「また会おう。」

って、約束してくれた。

家に帰るとハルは鳥かごの中で眠っていた。

「ありがとう、ハル。また、助けられちゃった。」

父さんと母さんにもさっきの話をすると、二人ともビックリしてた。

お礼にハルの好物のリンゴとナッツをあげた。

ハルを売ってくれたおじいさんにお礼を言いたくてあちこち探したんだけどどうしてもあのペット屋が見つからない。

ねえキミ、もし不思議なペット屋を見かけたら僕におしえてくれないかい?。




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