間話 思い出③
こっちに引っ越してきて暫く経つ。私は進級して中学二年生になった。
知り合いが誰もいないこの
最初のうちは興味本位で話しかけてきていたクラスメイトも、今では腫れ物のように扱ってくれる。
ようやく居心地が良くなってきたけど、最近は休み時間に次の授業の予習をするのに飽きてきた。ずっとシャーペンを持ってノートと睨めっこなんて、退屈すぎる。
何か暇つぶしは無いだろうかと辺りを見渡していると、隣の席で小さな本を必死に読み漁る男の子が居た。
名前も知らないその男の子は、時々一人でニヤニヤしたり、かと思えば眉に力を入れて険しい表情をしていたり。
一人なのに楽しそうだなーと思っていながらその子を見ていると、良いことを思いついた。
「ねえ、それ何読んでるの?」
その男の子に話しかけて、どんな本を読んでいるのか聞いてみる。
すると男の子は急に話しかけられて驚いたのか、挙動不審になりながらも答えてくれた。
「ら、ラノベ…」
私と男の子の距離でギリギリ聞こえるか聞こえないか程度のか細い声で、男の子はその本について教えてくれた。
「ふーん、ありがと」
「あ、あぁ、うん」
私が知っている本より一回りほど小さい本の名前は「らのべ」というらしい。本屋さんに売っているだろうか?
テレビでも見ようかと思っていた放課後に、一つだけ予定ができた。
*
一時間目が終わり、休み時間に入る。
クラスメイトは各々グループを作って話したり、黒板の前で騒いだり、机に向かって予習に勤しんでいたりしていた。
私はというと、昨日本屋さんで買った「らのべ」とやらを鞄から取り出して読書をしようとしていた。
表紙には奇抜な髪と目の色をした女の子が大きく真ん中に描かれていた。タイトルは…何だか難しい漢字が使われていた。一応ふりがなはあったけど、意味はよく分からない。
取り敢えずページをめくってみると、そこには夥しい量の文字が並んでいた。
…なんか読む気無くなってくるなぁ。いや、苦手を克服する良い機会だ。そろそろ活字にも慣れなければ。
私はそれから学校の休み時間はずっと「らのべ」を読んでいた。頭が痛くなりそうなのを我慢しながら、どうにか頑張って読み進めていた。
大体七割くらい読み終えた頃、ふとあることに気づく。
…なんか、この主人公文月くんに似ている気がする。友達が居ないところとか、考え方とか、自己評価が極端に低いとことか、口は悪いけど根は優しいところとか。
本の内容自体はよく分からなかったけど、自分なりに「らのべ」を結構楽しめている。いつか、また文月くんに会ったら話してみたいな。私が本を読めるようになったことを知ったら、きっと驚くと思う。
「いつか会えたら」そんな妄想、きっと叶うことは無いだろう。それでも、もし会えたのなら、会えなかった時間の分だけ色んなことを沢山話そう。
読みかけの小さな本に付箋を挟んで机の中に仕舞う。授業が始まるまで後一分もない。既に教科担当の先生は教壇に立って用意をしている。私は教科書を取り出してノートを開き、二年くらい使っているシャープペンシルを手に取った。
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