間話 思い出②

 中学一年の頃、初めての体育祭を終えた俺がグラウンドから教室に戻ろうとしている最中のことだった。


 こんなクソ暑い中、太陽光の紫外線に肌を灼かれながらグラウンドで走らされるわ、バカみたいな振り付けのダンスを踊らされるわで、今日一日は散々なものだった。


 早く帰って風呂入って汗を流したいし、冷房の効いた部屋でスナック菓子でも食いながら撮り溜めしていたアニメを観たい。兎に角、早く帰りたい。


 周りではしゃぐ同級生の耳障りな声にイライラしながら、「早く帰りたい」その一心で重たい足を動かす。


 そして、下半身の方の違和感に気づく。


 …トイレ行きたいな。ここから一番近くて人が居ないところは……体育館の方か。


 俺は人混みを掻き分けて一人体育館へ向かう。少し歩いて体育館に入れば、そこには俺が求めていた静寂があった。


 コツ、コツと自分の足音だけが響き渡る空間は、この世界には自分一人しか居ないのではないかと錯覚させる程に居心地が良かった。


 暫くして用を足し終えた俺は体育館の裏側から校舎へと繋がるアーケードへ出る。俺が外に出た瞬間、南風が汗ばんだ俺の肌の上を通り抜けて行った。


 体育館裏へと続く青々とした木々が揺れる様を眺めていると、奥の方に二つの人影が見える。


 …あれ?冬霧じゃね?つーかもう一人の男は、誰だ?幼稚園からの付き合いだが、あいつに俺以外の知り合いが居るなんて知らなかったな。というかあの雰囲気………もしかしなくても告白というやつでは!?


 恋愛なんてくだらないとは思うが、それ以前に人並み程度には好奇心とやらを持ち合わせていた俺は、バレないようにひっそりと二人に近づいて、物陰に潜んで盗み聞きを試みた。


 「言われた通りに来たけど、話ってなに?」


 冬霧が腕を組みながら相手の男に要件を尋ねる。冬霧は察しが悪い人間ではないので、自分がこれから告白されることに気づいているはずだ。


 だから冬霧のそれは緊張して喉に詰まる言葉を促すための決まり文句。


 ただ、それが冬霧の親切から来るものではない事は彼女の表情と態度を一目見たら分かる。


 「あ、うん…えっと、俺さ中学入って一目見た時から冬霧さんが…す、好きなんだ……」


 俯きながら、所々言葉に詰まりながらも、震える拳を握って必死に自分の想いを伝える男子生徒。


 『恋愛なんてくだらない』そう思うことには変わらない。でも、羞恥や不安をどうにか押し殺して自分の本心を曝け出すそいつら、くだらないなんて言葉で片付けて良いものではなかった。


 「だから、俺と付き合ってほしい!」


 「ごめんなさい」


 表情一つ変えずに即答する冬霧。


 その言葉を聞いた男子生徒の拳から力が抜けていく様はとても心苦しく、見ているだけでも気分が沈んでいく。


 今になって覗き見なんて無粋な真似をしたことに後悔した。


 「な、ならせめて友達から…!」


 「あぁ、そういうの間に合ってるから」


 嘲笑気味で冷たく突き放す冬霧。


 「っ!…そっか、ごめんな。ありがと」

 

 声を震わせながら走り去っていく男子生徒。


 冬霧はため息をついてから少し間を置いてゆっくり歩きだす。


 俺は慌てて隠れようと周りを見渡すも、良さげな場所を見つけた瞬間後ろから声を掛けられた。


 「あれ?文月くん?」


 「お、おう、冬霧。奇遇だな」


 この状況をどうにかするために俺の脳が瞬時に下した命令は偶然を装うという愚策だった。


 「…盗み聞きはよくないよ」


 俺の苦し紛れの言い訳に目を細めながら、冬霧は俺の不実を論難する。ド正論なので、返す言葉も無かった。


 「すまん」

 

 この謝罪は冬霧に対するものでもあるし、振られた男子生徒に対するものでもあった。


 「まぁいいや。とりあえず、戻ろっか」


 何事も無かったかのように笑う冬霧。彼女の非情とも言える冷酷な性格は、今の季節には少し外れる。


 どうしてあそこまで他人に対して冷たくあれるのか、その頃の俺は理解出来なかった。


 なんとなく寒気を感じたのは、きっと汗が乾いて身体が冷えたからだ。

 

 


 


 


 


 

 

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