第3話 幼馴染との語らい

 家を出た俺たちは、歩いて学校に向かう。冬霧と一緒に登校するのも実に四年ぶりだ。あれから身長も伸び、以前より大きくなった歩幅を冬霧に合わせながら歩く。自分の感覚としてはいつもより大分ゆっくりだったため、冬霧に学校に間に合うのか確認を入れる。


 「なぁ冬霧、時間って大丈夫なのか」


 俺の問いかけに反応した冬霧はスマホを開いて地図アプリを操作する。暫くして俺の家から学校までの時間を表示する画面を見せて得意げな顔をした。


 「大丈夫だよ、ほら見て」


 現在の時刻が8時13分で、俺の家から学校までの時間が徒歩約11分。学校は8時35分着席なので、割と余裕はあるようだ。


 「おお、大丈夫そうだな。あれ、でもそれならもう少し優華たちとも話せたんじゃ?」


 それは単なる素朴な疑問だった。ただ、その時思ったことを何も考えずに口にしただけ。


 その疑問が後に自分を辱めるだなんて、思いもしなかった。


 「まぁ優華ちゃんたちとももっとお話ししたかったけどね、久々だったし。それに遊ぶ約束もしたしさ」


 「なら尚更時間いっぱいまで話せばよかったんじゃないか?」


 「でもそれ以上に文月くんとゆっくり話して学校に行きたかったから」


 流し目で微笑む冬霧の横顔を、俺は直視することができなかった。


 本当に、この四年間でいったい何があったんだ?こんな小っ恥ずかしいことを平気で言うような子じゃなかったはずだ。誰が冬霧をこんな小悪魔気質に仕立て上げたのか、言いたいことあるから一度会いに来い。そんでもって菓子折り持ってお礼を言おう。


 「まぁ、四年ぶりだしな。お互い色々話したいこともあるだろうし」


 とは言ったものの特に話したいことが思い浮かばない。羞恥心と緊張のせいでもあるのだろうが、実際聞きたいことはあるがこちらから話したいことはこれと言って特に無いのだ。


 無理に自分のことを話そうとでもしようもんなら、修学旅行の班決めで余物ジャンケンの敗者に送られる商品にさせられたこととか、毎日狸寝入りをしていたせいで裏で何もしない三年寝太郎というあだ名をつけられたこととか、どれも鬱屈した暗い辛い思い出話にしかならない。


 …俺よく今日まで生きてこられたなぁ。偉い、生きてて偉いね。


 と、一人勝手に落ち込んで慰めるという何の生産性もない行為に及んでいることに気づき、後ろ向きな思考の矢印を冬霧の方へと戻す。


 「そうだね、いっぱいあるかも」


 冬霧は上を向いて少し考える素振りを見せる。俺もそれを見て、下を向いて話題を考える。

 

 「…それじゃ早速一ついいかな?」


 先に話題を振ったのは冬霧の方だった。俺はそれを聞いて軽く頷く。それに並行して話題を考えておく。


 「文月くんはさ…私が引っ越した後、新しく友達できたりした?」


 眉を八の字にして口角を少しだけ上げながら聞いてくる冬霧の表情には陰りがあるように見えた。


 何処となく不安そうな冬霧に対して、俺は天を仰ぎながら即答した。


 「俺にできるわけないだろ。…今も昔も変わらず、唯一の友達は冬霧だけだ」


 自嘲気味で答える俺を見て、冬霧は俯いて「そっか」と独り言を溢す。その横顔は安堵しているようだった。


 「私も同じ。私たちボッチ仲間だね」


 「…そうだな、確かに同じだ」


 無邪気に笑う冬霧を見て、俺は無意識のうちに胸を撫で下ろしていた。


 それと同時に、思ってもいないことを言ってしまったことに罪悪感を覚える。


 正確に言えば、俺たちは決して「同じ」なんかじゃない。俺と冬霧には絶対的な違いがある。


 昨朝の出来事を思い出してみれば分かる。


 前提として冬霧の整った容姿に興味関心を持つ者は多い、それも人だかりができる程度には。何せ美少女だ、まず男子が放っておかない。下心を持って彼女とお近づきになろうとする輩は大勢いる。


 それに女子からもよく話しかけられる。昨日冬霧を囲っていた大半の人間が女子だ。


 つまるところ、冬霧は決して友達を作れないわけじゃない。


 それに比べて俺はどうだ?


 誰に話しかけられるわけでも無い、ただひたすらに教室の隅で寝たふりをしている。俺がそんなことをするのは、少なからず現状に恥を感じているからだ。


 同じボッチでも、そこに至るまでのプロセスが全く違う。


 冬霧に選択肢はあっても、俺にはない。


 だから、申し訳ないけど俺と冬霧お前は違う。


 そのことに気づいていないのか、それともただ考えていないだけなのか。どちらにせよ冬霧は俺を仲間ともだちだと言ってくれた。


 俺は何も知らない冬霧に尋ねる。


 「なぁ冬霧」


 「どうしたの?」


 俺の答えを聞いて満足げな表情ではにかむ冬霧は、天から舞い降りた女神様なんじゃないかと思うほどに綺麗で。そんな奴が、こんな陽が差さない場所で燻っていることは間違いだと心の中で誰かが言っている。


 「お前、学校楽しい?」


 「あはは、まだ一日しか行ってないから分かんないけど…うん、そうだね。楽しくなると思うよ」


 冬霧の言葉には何かが省略されている気がした。それが「俺が居るから」だと思ってしまうのは、傲慢なのだろうか。


 「俺も、そう思うよ」


 気づけば目と鼻の先に学校が見える。周りには沢山の学生が歩いていた。


 丁度、俺に一つの目標と呼べるものができた。

 

 『冬霧を正しい道へ戻す』


 まずは冬霧に俺以外に友人と呼べる者を作る。


 変わり映えのない俺の日常に変化の兆しが見える始めた気がした。


 冬の寒さでかじかむ手のひらをポケットに入れる。指先のささくれが布に擦れてほんのり痛い。暖かいはずの内側に不快感を覚えたが、俺はそれに気づかないフリをして、ポケットの暖かさだけに目を向けた。

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