第13話 下層最終ボスと戦ってみた


 渋谷ダンジョン、下層7階。

 その最深部に足を踏み入れた俺達を待っていたのは、辺り一面の闇だった。


「ここが、下層の最終ボスの部屋……寒気がします。それに嫌な気配も」


 四方どこを見渡しても暗黒。距離感を見失いそうになるホムラちゃんを誘導するように、ゆっくりと足を進める。


:カメラ壊れた?

:違う、部屋が真っ黒なんだ

:この部屋光源がないよ

:なんもみえねぇ

:ホムラちゃん明かり付けられる?


「あ、このままじゃ見えづらいですよね。じゃあ炎で明かりを――」


「待った」


 俺が言い終わるより早く、敵の攻撃・・・・がホムラちゃんに襲いかかる。

 しかし無駄だ。ホムラちゃんの周りにはバリアを貼ってある。攻撃は見えない壁に弾かれたように、あらぬ方向へと逸れていった。

 ホムラちゃんは、何も反応できなかった。


「ぇ」


「光源は俺が用意するよ。相手さんは明るいのが苦手なようだ」


 俺の配信用ドローンには照明機能も備わっている。魔力で遠隔操作すると、真っ暗闇の部屋を明るく照らしてくれた。




 ――同時に、露になる敵の姿。


「何者だ――我が領域を、いやしき光で照らすのは」



 辛うじて人形とわかる程のぼやけたフォルム。光を一切通さない暗黒。こちらを睨みつける黄金の一つ眼が、爛々らんらんと輝き一際目立っている。



「シャドウマスター。影と闇でできた体を持つ、非実体系の魔物だね。あれが渋谷ダンジョン下層のボスです」


「人間か。性懲りもなく我が領域を侵すとは……万死に値する。闇に呑まれて消え失せよ」


 いやー、こんな大勢の人前で戦うのは流石に緊張するなー。

 しかしこの一戦で今後の店の命運が決まるかもしれない。気合い入れてやりますか。



(三人称視点)


 四方を暗黒に包まれた、まるで宇宙のような場所で、トオルとシャドウマスターの戦いは始まった。


「人間よ、貴様らには決して超えられぬ壁というものがある。何だかわかるか?」


 シャドウマスターが放つ不可視・・・の攻撃。トオルはそれを避けきれず、防御に専念している。

 ホムラにはそう・・・・・・・見えていた・・・・・


:!?

:何が起きてる

:全く見えない! でもなんか攻撃されてる!?

:なんだこのモンスター!? 資料にも載ってないぞ!!

:これが渋谷ダンジョンのラスボスなのか!


「教えてやろう。その壁とは暗黒――闇そのもの。底知れぬ深海、星の奥底、宇宙の闇に、人を喰らうダンジョン。人類は幾度も闇へと戦いを挑み、そして敗れていった」


 限られた視界の中、周囲の暗黒が生物のようにうねり、鋭利な刃と化す。

 それがトオル目掛けて放たれる。一連の動作が、光速・・・で行われる。


「闇とは光の対極、その速度は人間如きに捉えられるものではない……そして闇そのものを操る私に、貴様ら人類が敵う筈がない。我が攻撃を凌ぐ力量は大したものだが、果たしていつまで続くかな?」


(シャドウマスター……影そのものを操る魔物! 辺り一面が真っ暗なのもこいつの仕業!  影は光と一緒に動くから、その速度は光と同じ……さっき私を襲ったのも、この光速の攻撃!?)


 普通の人間は、光速で迫る攻撃を認知できない。

 探索者はダンジョンの魔力を取り込んだ結果、人並外れた身体能力を持つ。しかし音の速さならばいざ知らず、光の速さに反応できる者は殆ど居ない。

 それは有数の実力者であるホムラであっても、例外ではない。


(これが、下層のボス……人類が乗り越えられない壁。勝つには、どうすれば……)


:ボコボコじゃん

:店長何も反撃できてねぇ

:これ大丈夫か?

:敵めちゃくちゃつよくない? ほんとに勝てるの?

:誰か、店長さんを助けに行ける人はいないのか

:いるわけないでしょ……


 コメント欄でも動揺と不安の声が上がりはじめている。それほどまでにシャドウマスターの実力は圧倒的であった。





「あ、リスナーのみんな心配してくれてる? 俺は全然大丈夫だよ〜、心配してくれてありがとう」


「えっ」


 呑気な声で、トオルがそんな報告をするまでは。


「な、何っ」


「シャドウマスターの攻撃は影の実体化とその操作です。ご覧の通りめちゃくちゃ速いので、見てから避けるのは困難でしょう。なので素直に防御を固めて耐えます」


 ホムラが暗闇で目を凝らしてみれば、確かにトオルの体には傷一つついていない。

 光速に達する刃を受け続けていたにも関わらず、だ。シャドウマスターも驚愕の声を漏らした。


「我が刃を受けて、無傷だと……一体何のカラクリだ、人間!」


「影の刃は速いだけで軽い・・。威力は大したことないので、ちゃんと防御すれば大丈夫です。もちろんある程度の肉体性能スペックは求められますが、鍛えれば大体何とかなるので。つまりこの攻撃は別に脅威ではないです」


 嘘である。仮にホムラがこの攻撃を受ければ、一撃で全身が爆散していた。


「素の防御だけで凌いだというのか……面白い」


 シャドウマスターが両手を広げる。

 次の瞬間、トオルを取り囲むように複数体の人影・・が出現した。


:分裂した!?

:取り巻き召喚か、やっぱボスなら持ってるよな

:単体でも強いのに手下まで出てくるのか!?

:やばいって!! 店長さん死んじゃう!!

:いくらなんでもこれは……

:渋谷ダンジョンってこんなに敵強いのかよ

:これが日本最難関ダンジョン…。



「影とは無限に、何処にでも潜むもの。この分身一体一体が、我と同等の力を持つ……果たしていつまd「あーそのネタもういいから」


 トオルが羽虫を払うかのように手を振るう。

 直後、全ての分身体が同時に掻き消えた。



「なん……だと……?」


「数が増えるだけでやってること同じじゃん。そんなんじゃリスナーさんも飽きちゃうよ。もっとバリエーション増やしてー」


:えっ

:えっ

:なんか死んだ

:取り巻きが瞬殺www

:戦いの最中でも撮れ高を意識する配信者の鑑

:あの、取り巻きも同一の力を持つとか言ってませんでした?

:偉そうにしてて瞬殺されるのダッサw

:つまり本体もあれくらい貧弱って事?

:本体がひ弱なのか逆川がおかしいのかまるでわからんな

:後者だと思うなぁ……


(配信者たるもの、戦闘でもリスナーが盛り上がるような展開を用意するべきだよな? もうちょっと敵の見せ場を作ってから倒した方が、盛り上がるだろうし)


 トオルは内心このような事を考えるくらいには余裕があった。欠伸までする始末である。


「……こ、虚仮こけにしおって……後悔してももう遅いぞ。望み通り貴様には、我が闇の中で永久の眠りにつかせてやる! もはや後悔する時間すらも与えん!」


「後悔させたいのかさせたくないのかどっちだよ」


 シャドウマスターの周囲に魔力が集まっていく。

 ダンジョン内に充満する未知のエネルギー、魔力。それを高密度で束ね操れば、物理法則すらも歪め、望んだ結果を出力することができる。


「我を怒らせたことを悔いるがいい! 貴様はおのが影に殺されるのだ!」

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