第4話 美味しい特異個体を瞬殺してみた
「ん?」
何匹目かのディープミノタウロスを倒した俺は、近くに異様な気配がある事に気づいた。
「この気配、もしかすると……!?」
覚えのあるその気配に、気づけば俺は配信などほっぽり出して全力疾走していた。
俺の予感が正しければ、これは特異個体の気配だ!!
「特異個体のドロップする食材はメチャクチャ美味い!! 何処だご馳走ぅ!」
配信用のよそ行き口調もかなぐり捨てて、興奮をあらわにしてしまう俺。
でも仕方ないよね。誰だって目の前にご馳走が並んだらテンション上がっちゃうと思うんだ。
「ッ! 見つけた!!」
全力疾走する事数分、下層を超え中層に入り、ついに見つけた特異個体はディープミノタウロス!
「うっひょおおぉぉぉ!! レア食材きたあああぁぁぁぁぁ!!!!!」
キ、キタコレ! おあつらえ向きの肉素材!! しかもディープミノタウロス特異個体の肉は、俺も食べたことがない。一体どれ程の美味なのだろう!
千載一遇の機会を逃すわけにはいかない!
俺は来た勢いのままミノタウロスに突貫、即座に空間を歪ませ斬首!
特異個体は即死!辺りに大量のドロップ品が散らばった!
「肉肉肉肉肉!! うおおおおぉぉぉ肉だあああぁああ!!」
宝箱の山からお目当ての品、ディープミノタウロス特異個体の肉を見つけた俺は、肉を掲げたまま興奮のままに叫びまくった。
「今日はなんて良い日だっ! 吉日ってやつなのか? 今から料理を考えなければ。やっぱ肉料理といえば王道のステーキか? それとも……」
そして目の前の希少肉素材をどう調理するかに夢中になっていた俺は、ようやくこちらに向けられた視線に気付く。
「ん?」
そこに居たのは一人の美少女だった。
クチナシの実のような明るい赤髪、まだ幼さを残した顔立ちに対し、女性の柔らかさを備えた身体。
傷だらけのその肉体は、しかし彼女の美しさを微塵も損ねていない。太陽のような黄金色の瞳には、未だに真っ直ぐな輝きが宿っている。
え? 今の俺のテンション、この美少女に見られてたの?
やべ、肉に夢中で全然気づかなかったわ。
「…………」
「……あ、あの、えっと」
正直恥ずかしすぎて今すぐ逃げ帰りたいが、目の前の彼女は重症だ。流石にこれを放置して帰るほど人間性を捨ててはいない。
「……これ、よかったら」
「え? あ、ありがとうございます……?」
手渡したのは回復ポーションだ。このくらいの傷なら飲めば完治するだろう。
……自力で帰れないかもしれないし、地上に転送してくれる帰還石も置いとくか。
「じゃあ俺はこれで」
「へっ!? ちょっと待っ――」
少女が何かを言いかけたが、敢えて無視して
次の瞬間には、馴染みの我が家、もとい俺の店でもある『止まり木亭』が目の前にあった。
「めっちゃ恥ずかしいところ見られたな……貴重な食材とか目にするとつい興奮してしまう。自重しなければ」
口ではそう言いつつも既に俺の頭の中は、手に入れた肉の調理法の事でいっぱいだった。
……はて、何か忘れているような。
まあいっか。食べてたらその内思い出すでしょ。多分。
◆
(三人称視点)
:うおおおおおおおおおおおお
:助かった!!!マジ神!!!!
:SUGEEEEE
:本当に良かった
:なんだ今の!!!?????
:気づいたら特異個体死んでたんだけど
(すごい……)
ホムラは荒れ狂うコメント欄への対処も忘れて、目の前で起きた出来事を
(ディープミノタウロスの姿が歪んで、次の瞬間には首が落ちてた。多分、空間操作系のスキル。しかも超高精度の)
彼女を助けた謎の男は、名乗りもせずに姿を消してしまった。
回復ポーションと、帰還石を残して。
(希少品の帰還石と、一本数十億もする回復ポーションをポンと手渡せる財力。それに下層の特異個体を瞬殺できる実力。……こんな条件を満たしている人なんて、探索者の中にもそういない)
ホムラは世界中の著名な探索者の、名と顔をおおよそ把握している。しかし彼女の記憶の中に、先ほどの男の顔は無かった。
回復ポーションを口に含むと、瀕死だった彼女の体が癒えていく。
失われた血液が補われ、身体中に熱が戻ってくる。しかしそれとは別種の暖かさが、彼女の奥底を満たしていた。
:こんな奇跡あるんだな
:すげーもん見ちゃった、もうダメかと思った
:推しの最期見なくて済んだ
:一体どこのヒーローだよ!! 俺もお礼言いたいわ
:ホムラちゃんを助けてくれた人、誰なんだろう
:絶対凄腕の探索者だよ。じゃないと下層の魔物を一撃で倒せたりしない
:強すぎて訳がわからない
:俺探索者だけど、正直何やってるのか意味不明だった。空間を歪めてるようにも見えたけど……そうだとするとAランク程度じゃ済まないかも
:でもあんな顔の探索者見た事ないんだよな、凄腕ならそれなりに名が知られてるはずなんだけど
:特定班はよ
:名乗らず去っていくとかカッコ良すぎない? 俺もあんなムーブしたい
:直後にカッコ悪い挙動してた気がするけど
:なんか奇声上げてたよね……
:あんな特徴的な人絶対すぐ見つかると思うけど
:SNSのトレンドに上がってるぞ
:すげー、こんなにバズったの初めてじゃない?
:海外でも騒ぎになってるらしい
:そりゃあんな異次元の強さ国内どころか世界見渡しても貴重だわ
:あの顔、何かの動画で見た気がするんだよなー
:料理店かなんかの動画で最近見たような気がする
「誰だったんだろう、あの人。もう一度会って……ちゃんと、お礼が言いたいな」
調子を取り戻したホムラが、マイクに聞き取れない音量で静かに呟く。
(なんだろう、この気持ち。安心感とか、感謝の気持ちとか、そういうのじゃない。もっと熱くて、輝いていて、ずっしりと私の中心に食い込んでくる)
彼が、
今もまだ、その時の熱が体を巡っている。心臓がバクバクと高鳴っている。
(ああ、そうか。見惚れちゃったんだ、私)
やがて
それは
(あの圧倒的な強さの秘密を知りたい。もう一度会って、あの人のことをもっと知りたい)
……彼女の分析は誤っていない。しかし、それが全てではなかった。
彼女の奥底に芽生えた
「――リスナーの皆さん、ご心配をお掛けしました。私はもう大丈夫です! ……今日の配信は、ここまでにしたいと思います。助けてくれた人の事とか、今後の活動とかは、また後日改めてお知らせしたいと思います」
(あの人に会おう。まずはちゃんと、命を救ってもらったお礼を言わなきゃ)
リスナーに声を掛けながらも、内心で改めて彼、
「……んん?」
彼女の前に現れたのは、主を見失い当てもなく彷徨う、一台の配信用ドローンだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます