第3話 ダンジョンで食材(魔物)調達する所を配信してみた


「みなさんこんにちは。今日はダンジョンで食材調達する場面を配信していこうと思います」


 一人ダンジョンを彷徨うろつく俺の、背後を追う撮影用ドローンに話しかける。


:まだやってたのかこのチャンネル

:詐欺師乙

:一人でダンジョン配信してんの?

:分かってて見に来る俺らも大概だけどな


「お、早速コメントありがとうございます。今日は一人です、というか俺以外スタッフも居ないので、常に一人って感じですね」


:草

:草

:ぼっちで詐欺師の料理店とか最悪じゃんw


 なんで俺詐欺師呼ばわりされてんの……?

 いや良い。その不名誉なあだ名も今日までだ。


「今俺がいるのは渋谷ダンジョンの下層1階です。この辺りで料理に使う魔物の肉をゲットしていこうと思います。……料理店とあんまり関係ないって思うかもしれませんが、食材を入手する過程も裏方作業の一環ということで、ひとつ」


:は?

:呆れ過ぎて草も枯れたわ

:自殺行為www

:お前の合成動画の技術は分かったから、もうちょっとマシな背景考えろ


 ……うーむ、視聴者達の反応はイマイチ。

 何が良くないのかさっぱり分からないが、まだ配信は始まったばかりだ。

 実際に戦闘場面を見てもらえば、評価も一転するかもしれない。


「……お? 見つけましたよ、今日のディナーを!」


 一人喋り続ける俺の声はさぞ目立った事だろう。

 案の定向こうのほうから、魔物食材がやってきてくれた。


「ディープミノタウロスですね。下層にだけ生息する魔物で、こいつの肉は歯応えがあるのが特徴です」


:え? 本物?

:なわけないじゃん。CGにしては良くできてるけど

:強そうには見える



 黒みがかった青い体表に、首から牛頭をぶら下げた巨人。

 ディープミノタウロスは敵対者である俺を抹殺しようと、その巨大な拳を叩きつけてきたが――


「BUMO!?」


 奴の拳は俺に届く寸前で、見えない壁に阻まれて止まった……カメラ越しにはそう見えるだろう。

 しかしよく見れば、俺とミノタウロスの間にフィルムのような薄い膜が張られて、景色が少し歪んでいるのが見えるかもしれない。


「肉の硬さをどうにかする必要はありますが、そこさえ気をつければ美味しいお肉です。なのでサクッと狩っちゃいますね〜」


 そのまま俺は空間ごとミノタウロスの胴体を切断。

 死体は塵になって消滅し、あとには宝箱だけが残された。

 中身を素早く確認し、食材系アイテムだけ収納。

 他のアイテム? 興味ないです。


「とまあこんな感じで。今日は戦闘シーンを流しながら、これを繰り返して食材集めをしてきますね」


:は??

:え、今の何

:瞬殺www


 お、コメント欄が沸き立っている!

 やっぱり戦闘シーンを配信するのは正解だったか!


:いやいや、常識的に考えてフェイクだろ

:ディープミノタウロスをソロで、しかも瞬殺は流石にあり得ないww

:現実味がなさすぎる設定だな。まあ偽物だろうけど

:最近増えたよねフェイク動画

:探索者経験ゼロの人間が考えた妄想ストーリーって感じ



「えぇ……」


 と思ったら一瞬で鎮火してしまった。

 瞬殺するシーン生配信で見てたでしょ。まだ疑うのかよ。


 ……。いや。

 まだ一回倒しただけだ。何度も同じような光景を見せれば、流石に信じてくれる、かもしれない。


「じゃ、じゃあこのまま進みます。もっと沢山魔物に出会えるといいナー」


 下がりそうになる声のトーンを誤魔化つつ、俺は獲物を探しに下層を彷徨うろつき始めるのだった。



(三人称視点)


 ホムラアカリ。職業、ダンジョン探索者、兼動画配信者。

 チャンネル登録者数二百万人、動画累計再生数五億回突破。

 希少スキル【焔剣士ほむらけんし】を使いこなし、炎と剣舞で魅せながら敵を倒す戦闘スタイルが、彼女を日本屈指の個人配信者の座へと押し上げた。

 その実力も折り紙付きで、十六歳という歴代最年少の年齢で、Aランク探索者へと昇格を果たしている。


 日本の探索者界隈において彼女は、まさに注目の的であった。

 そして今日も彼女のダンジョン探索配信に、多くの視聴者リスナーが集まっていたが。


「はあっ、はあっ、はあっ…………」


 彼女は――ホムラアカリは、ダンジョンで瀕死の状態に陥っていた。

 対峙する相手は、ディープミノタウロス。但し、通常の個体ではない。


(ツいてないなぁ……中層で特異個体、しかも下層の魔物に出くわすなんて)


 特異個体。ダンジョンに生息するモンスターの中でも、一際高い戦闘力を持つ個体を指す。

 外見は通常の個体とほぼ変わらないが、その戦闘力は通常個体の数倍とも言われる。

 そして特異個体の最も危険な要素は、本来の生息地を外れた場所に現れることがあるという点だ。

 今回のように、下層にしか生息しないはずのディープミノタウロスが中層5階に現れることもある。特異個体と遭遇した探索者の死亡率が高い、最たる理由である。


「GUOOOO!!」


「ッ!? 陽炎かげろう!」


 ホムラの身体から炎が立ち上り、彼女の姿を覆い隠す。

 直後、ディープミノタウロスの踏みつけスタンプが炎ごとホムラを押しつぶす。

 しかし、ホムラは既にそこには居ない。


(今度こそ貰ったっ、隙だらけ!)


 炎を目眩めくらましに死角に移動していたホムラは、股下から切り上げるように剣を振り上げる。


「燃えろッ」


 瞬間、剣の軌跡をなぞるように現れる炎。

 ホムラの全力を注ぎ込んだ炎。摂氏三千度の炎と斬撃が、生物の急所である股間に容赦なく叩き込まれる。

 が、しかし。


(効いてない!? どんな防御力してるの!?)


 ミノタウロスは全くの無傷。ホムラの攻撃は表皮で阻まれ、火傷すら負っていない。

 そして残り少ない体力を使い果たしたホムラは、ミノタウロスの追撃をかわすことができない。


「GAAAA!!」


「ッ、ア゛あ゛あ゛っ!」


 ミノタウロスの巨腕が、今度こそホムラの身体を捉える。

 咄嗟にホムラは剣を間に挟み、致命傷を回避する。しかしその代償に剣は真っ二つに折れ、それでも防ぎきれなかったダメージが彼女の体内を滅茶苦茶に破壊した。


 ゴム毬のように地面を跳ねたホムラが、ダンジョンの壁に激突する。

 致命傷を回避したとはいえ、複数箇所の骨折と内臓損傷により彼女は、既に身動きが取れない身体になっていた。


(あ……やば……これ、ほんとに死んじゃう、かも……)



:コレマジでやばいって!!! 誰かホムラちゃん助けて!!!!

:誰か渋谷ダンジョン居ないの!?

:ホムラちゃん死んじゃうところなんか見たくないよ

:もう無理俺帰る

:諦めるなホムラちゃん!!

:下層のモンスターってこんな強いの!?

:頼む頼む頼む頼むお願いだからホムラちゃんを誰か助けて


 嵐のように流れるコメント欄も、真っ赤になったホムラの視界には映らない。

 彼女が見ているのは、こちらにゆっくり近づいてくるミノタウロスの姿のみ。


 彼女を護るものは、もう何もない。

 途切れそうになる意識の隙間に、これまでの思い出が走馬灯のように浮かび上がる。


(イヤだな……こんなに呆気なく死んじゃうなんて。まだまだやりたい事、いっぱいあったのに)


:うわああああああああ

:ホムラちゃん逃げてええええええ

:もうダメだ

:誰か来てえええええ

:フェイクだよな? フェイクだと言ってくれ


(ごめんね、お母さん、お父さん。私じゃやっぱり、夢を叶えられなかった――)


 そしてホムラは最後の瞬間を予期し、全てを諦め目を瞑り――





「うっひょおおぉぉぉ!! レア食材きたあああぁぁぁぁぁ!!!!!」



「へ?」


 突然の奇声に目を見開いた。

 そこで目にしたのは、黒髪の青年が歓喜の表情を浮かべながら飛び込んでくる姿と。

 彼女に死の鎌を振り下ろさんとしていたディープミノタウロスの頭が、まるでサッカーボールのように吹っ飛ばされる光景だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る