第8話
部屋は情事の余韻に包まれていた。来た頃には真上にあった太陽も沈みすっかり外は暗くなっていた。時刻はもうそろそろ深夜と言ってもいいかもしれない。
「その、ごめん」
「? なんで謝るの?」
俺は隣で疲れ切った様子のキョウカに謝った。欲望の限りを吐き出して、やっと理性が戻ってきたからか、どうしようもない罪悪感に包まれていた。
「いや、せっかく会ったのにさ……」
せっかくのデートの大半の時間をこんなことに使ってしまって、申し訳なさでいっぱいだった。
昔、元カノに言われたことが頭をよぎった。耳にこびりついて離れないその言葉は、呪いのように俺に重くのしかかっていた。
「私は嫌じゃなかったよ?」
うつぶせのキョウカが上体を起こして俺の頬に手を当てた。その手はひんやりとしていて火照った顔に気持ちが良かった。
「そう、なのか……?」
「うん。……なんかあったの?」
キョウカは俺の顔を覗き込むようにして訪ねてきた。俺はどう答えたものか逡巡したのち、重たい口を開いた。
「話してもいいのか?」
俺は恐る恐る聞いた。
「うん。タイガのこと、もっと知りたい」
キョウカのまっすぐ俺を見つめる眼に、俺は視線を合わせることができなかった。
◇
数年前、大学に入学してすぐのころ。たまたま授業が同じだった女の子と意気投合し、何回か遊んでいるうちにさらに仲良くなり、俺の方から告白して付き合うことになった。
その子と付き合い始めて二か月か三か月経ったくらいに、いつものように遊びに出かけた俺たちはショッピングモールで買い物をして、そこのフードコートで食事をした。その日もいつも通りそこで解散なのだと思っていた。しかし、彼女の方からこの後家に来ないかと誘われてしまった。
当然俺は舞い上がった。初めての彼女というわけではなかったが、家に誘われるのは初めてで、さらにあからさまな
結果から言えばお互いさんざんなもので、お互いに初めて同士の初夜はうまくいかなくて当然だった。しかし、それでもその日は二人とも充足感を得て眠りについた。この時はまだなんの問題もなかった。
俺が自分の中に潜む怪物気が付いたのは、次に彼女と閨を共にしたときだった。
その日はデートの前に彼女の家に呼び出されていた。午前中はのんびりと家でブランチでも食べて、午後、昼過ぎくらいから遊びに行こうという、たしかそんな計画だったはずだ。しかし、俺はその計画を台無しにしてしまった。裏切った、と言い換えてもいいかもしれない。
俺はキッチンで洗い物をする彼女の後ろ姿に欲情してしまい、洗い物を中途半端に残したままベッドへ連れ去った。
それでも彼女も最初のうちは許してくれていた。二回目くらいまでは、仕方ないなぁ、と笑っていて、俺はそんな彼女に甘えてしまった。そのまま三回目を終えて、四回目を始めようとしたころには彼女は時間を気にしていた。そしてその四回目が終わるころには予定の出発時間を過ぎてしまっていて、彼女は当然怒っていた。しかし、俺はなにを思ったのか、裸のままぷりぷりと怒る彼女にまた欲情してしまい、半ば襲い掛かるようにして五回目を始めてしまった。
そこからはもはや強姦だった。泣き出してしまった彼女を無理矢理に抑えつけて、欲望のままに女体を貪る。その行為になによりも満たされてしまって、結局彼女が泣き疲れて眠ってしまうまで行為は続いた。
『ヤリモクなんでしょ! 最低!』
そのあと目を覚ました彼女からはそんなことを言われた。当然だった。
『あんたみたいなヤツ、女の子と幸せになれるわけない!』
熱にうかされていた脳も冷めて、そんな彼女の呪詛は深く胸に刻み込まれた。
◇
「ふーん……」
黙って俺の話を聞いていたキョウカは、俺が話し終えると頷いてごろりと寝返りを打った。
「まぁ、たしかにタイガは絶倫かもね」
ベッドの上で少し距離を取ったキョウカは、半目で俺を睨むように見つめている。その視線に俺は居心地が悪くなって、もぞもぞと姿勢を変える。
「でも、大丈夫。私はそんなこと言わない」
そんな表情もその言葉とともにふっ、と柔らかくなり、キョウカは俺に優しく微笑んだ。
「キョウカ……」
「むしろ、嬉しいくらい……」
恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いて、キョウカはまた俺に身を寄せる。
「始まりはあんなんだったけど、タイガ覚えてないみたいだけど。大丈夫」
ちくりちくりと刺すような言葉に俺は何も言い返せない。
キョウカは俺の肩に噛みついたり、耳を引っ張ったり、いろいろとちょっかいをかけた後に、そっと耳元で囁いた。
「愛してるよ」
甘い俺を許す言葉。
「……」
しかし、それでも俺は。
「ね?」
「……うん」
それでも俺は自分が許せなかった。
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