第7話
物音が聞こえてきて目が覚める。
「あ。おはよう」
「おはよう」
目を開けて頭を回して音の方を向くと、キョウカがちょうど服を着ているところだった。
「起こしちゃった?」
「大丈夫」
そう言って俺も身を起こし、キョウカと軽い口づけをひとつしてから彼女に倣って服を着る。
「タイガ、時間大丈夫?」
服を着終えたキョウカは俺に抱き着きながら、そう問うてきた。今日の講義は午後からだから、時間なら余裕がある。時計を見れば二限からでも間に合わないような時間だったから、キョウカも心配してくれたのだろう。
「ああ、今日は午後からだから」
「じゃあ一緒だね」
そう言って笑うキョウカに提案を一つ。
「時間あるし、コーヒーでも飲むか?」
「飲む!」
抱き着いたままのキョウカが目を輝かせたので、俺は彼女の手を優しく解いて台所に向かう。いつもの要領でお湯を沸かし、二人分のコーヒーを用意した。
「前飲みそびれちゃったから」
「あれ、嫌われたのかと思った」
「ほんとに間に合わなそうだったの」
「そうだったのか」
「そうだよー」
そんな会話をしているうちにフィルターを通ったコーヒーが二人分くらいはポットに溜まってきたので、すかさずマグカップに移してそれをキョウカに差し出した。
「ほれ」
「ありがとう。……ん、おいしい!」
「そうだろ」
おいしそうにマグカップに口をつけるキョウカを肩越しに眺めていると、ムラムラと欲望が湧きたってきてしまう。
マグカップに添えられた白魚のような手。Tシャツの襟もとには白く輝くデコルテ。その襟を覗けば豊かな膨らみにできた深い谷間が見える。
「んっ、服着ちゃったよ?」
俺は思わずマグカップを置いて、その柔らかい乳房を後ろから揉む。キョウカは否定とも肯定ともとれないような反応をして、俺の手の甲にそっと手を重ねた。
「だめか?」
「いいけど……」
◇
朝、と言うよりも昼前から始まってしまった情事も、さすがに午後の講義に間に合うように切り上げて、身支度を整える。途中からはむしろキョウカの方がノリノリになってしまって、切り上げるのにも一苦労あったが、それはご愛敬。
別れがたい気持ちに何とか整理をつけてキョウカと別れた後は、気怠く重たい腰を何とか上げて、大学の講義に向かった。
退屈な話を繰り返す教授の授業を二コマ切り抜けて、5時前に俺は家に帰りついた。
靴を脱いで机の横にカバンを置くと、ちょうどポケットの中のスマホが震えた。俺はそれを取り出して通知を見るとキョウカからのラインだった。
『今日はありがと』
と、簡潔なメッセージが来ている。その画面を開いてすぐに次のメッセージも送られてきた。
『またデートしようね』
『今度はうちに遊びに来てよ』
そう次々に送られてくる。
うちに遊びに来てって、キョウカの自宅か。俺が家に招いたからそのお礼ってことだろうか。
妄想逞しい俺は、キョウカの部屋がどんな感じがするのだろうかとベッドの上で考える。匂いやカーテンの色、キョウカの部屋での過ごしかた。脳裏に色々な想像が映っては消えて、妄想は膨らんでいった。
俺は今も部屋で一人で過ごすだろうキョウカに思いを馳せて、自慰をしてベッドに突っ伏した。
◇
「はーい」
その次の日の土曜日。知らされた住所に向かって、一緒に教えられた部屋番号のインターホンを鳴らせば知った声が聞こえてくる。ガチャリとドアが開いてキョウカが中から顔を覗かせた。
「よっ」
俺は片手を軽くあげて、お土産のドーナツを掲げて見せた。キョウカはそれに、わ〜、と嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「どうぞー」
内側からドアを押さえていたキョウカからドアを受け取って、玄関に入る。随分と小綺麗な印象を受けた。
「おお、広っ」
何よりも、キョウカのアパートは広かった。明るい廊下の壁には小さなキャンバスが掛けられて、その途中の洗面所も綺麗だ。
うちの家賃の倍はしそうな内装に、実はキョウカはお嬢様なんじゃないかと邪推した。いや、実際その推理も間違ってはいないだろう。キョウカが通う芸大は私立だし。こんないい家まで借りているくらいだ。裕福なのは確かなはず。
「荷物はその辺置いちゃってー。服かけてあげる、貸して」
俺が財力の差をひしひしと感じていると、キョウカが俺の上着を指し示してそう言った。俺は上着を脱いでキョウカに渡す。
「タイガお茶でもいい? コーヒーないけど」
「お構いなく」
キッチンに向かったキョウカの背中に声をかけて、俺はローテーブルの隣に置かれたソファに遠慮がちに座った。
右手にはもうひとつドアがあって、さっきキョウカが俺の上着を掛けにそのドアを開けていたから、そのドアの向こうにはクローゼットがある部屋なのかもしれない。この部屋にはベッドや布団はないから、もしかしたら寝室なのだろう。
キッチンと一体になったこの部屋は、絵や写真が多く並べられていて、中でも目を引くのはイーゼルに掛けられた大きなキャンバスだった。それには絵の具が重ねられてはいるが、描きかけであろうことは素人目でも分かった。
「どうぞ」
「ありがとう。……なあ、これって」
キョウカが俺にお茶を差し出して――紅茶だろうか――俺の隣に座った。腰や肩が密着するように座るもんだから、キョウカの女性特有の柔らかさが密着したところから伝わって悶々もしてしまう。
俺はそれを振り払うように、気になった描きかけの絵を指さした。
「ああ、これ? 書きかけの絵だよー」
「すごいな」
その絵は描きかけでも凄みがあった。他の飾られた絵よりもキャンバス自体が大きいということもあるが、それでも塗られた絵の具自体に迫力があった。
「そうかなあ」
キョウカはティーカップをローテーブルに置いて頬をポリポリとかいた。
「頑張ってるんだな」
「えへへ、そう?」
「ああ」
俺がそういうとキョウカはくるりと顔をこちらに向けて、嬉しそうにはにかんだ。
「……」
「……」
俺たちは目を合わせたまま黙りこくってしまう。
「んっ」
「キョウカっ」
どちらからともなく抱き合って、俺たちはキスをした。
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