たまになら、騒がしい日も楽しみたい(3)

『だ――っ、やられるぅ――――――っ!』

『あ、ちょ、春こっち来な……あっ、あっ』

『お前も巻き添えだあひまりー!』

『なんでよ……っ!』


 音声共有をオンにしたスマホから悲鳴がし、続けて、彼女達の操作するキノコ頭が画面下に落ちていく。


 その日、僕と深沢さんと薬池さんの三人が遊んだのは、世界一有名な配管工がステージをクリアしていく2Dアクションだった。

 といっても、一般的な四人向けゲームではない。

 プレイヤー自身がステージを作成してオンライン上にUPし、それを別のプレイヤーが一人で遊んだり皆で協力してクリアしていく、カスタマイズ性が無限にあるゲームだ。


 現在、僕らが遊んでいるのは『協力モード』。

 三人協力してクリアを目指すのが楽しい……はずだが、なぜか敵に追い回された薬池さんが、深沢さんのキャラを持ち上げ敵に投げつけていた。

 本ゲームに、身代わりのようなシステムはない。

 深沢さんは無駄死にし、薬池さんもやられながらけらけら笑っていた。


『ひまり、これは全員協力モードだからね。一人を犠牲にしてでも先に進むの。進歩に犠牲はつきものなのだよ』

『そろって意味なく死んでるだけなんだけど……』

『それなーっ』


 笑う薬池さんを尻目に、僕はほいほいとヒゲ親父の三段ジャンプを決めて、前へ。


『おっ、葉山君うまーい』

『葉山君、結構ゲーム上手なのよ……あたしにも教えてくれたり』

『え、ひまりが他の人に聞いたの? 仲いいんだね葉山君と』

「僕はまあ、アクション結構好きなので。あと仲良しというより、同居人のよしみ、でしょうか」

『頼りになる男の子っていいねぇ。ひまりも安心じゃない? あ、じゃああたし葉山君のトコでリスポーンしよっと』

『じゃあ、私もそこから……』


 え、待って。

 いま僕、バネジャンプで大穴を飛びこえてる最中だけど?


 制止も聞かず、空中で二人が復活するためのきらきらマークが表示される。

 が、当然現れた二人はそのまま大穴にダイブし、再び死亡音が流れた。


『また死んだ――っ!』

『春ぅ……』

『あはは、今のはあたしのせいじゃないし!』


 結局、大半を僕がクリアしたが、それでも二人が楽しそうだったので何よりだった。


*


『はーっ、遊んだ遊んだっ』

『つ、疲れた……』


 二時間ほど大騒ぎし、ふぅ、コントローラーを置いて汗を拭った。


 久しぶりに熱中し、そして緊張してしまった。

 正直、僕はオンラインで見知らぬ相手と一緒にプレイするのですら疲れてしまう方なので、やはり刺激が強すぎるなとも思う。


 タオルで汗を拭いつつ一息つくと、スマホの向こうではまだ、二人の騒がしい声が続いていた。

 本当に仲良しなんだなあ。

 それに、あんな風にはしゃぐ深沢さんは初めて見た。


「深沢さんって、けっこう騒ぐんですね。薬池さんと一緒の時は、普段からそんな感じなんですか?」


 まあ人間誰しも、友達にだけしか見せない一面はあって当然だけど、それにしてもイメージが違う。

 と、いやぁ、と薬池さんがスマホ越しに息継ぎをしながら、


『今日はあたしのテンションがくそ高いのもあるね』

『うん。春のテンションが高い……普段はもっと、ダウナーっていうか』

『緊張してんのよね! ひまりの家、初めてだし。葉山君とも初めてだし。初対面って緊張するじゃん?』

「そうは見えませんけど」

『あたし押し系陰キャっていうか、焦ると何か喋んなきゃ! って慌てちゃうのさ。それで明るいとか言われるけど、けっこー焦って空回りしちゃう時あんだよね。積極的な人見知り? みたいな』


 ああ。気持ちはわかる。沈黙が落ちたり会話の空気が悪くなると、自分がなにか悪いことをしたのでは?

 と焦りが出てしまい、口を出さなければと空回ってしまうアレだ。


『その辺ひまりはガチだから安心』

『何、ガチって……』

『ああ、この子はどこでも本物だなーっていう安心感かなぁ』


 これもわかる気がした。

 深沢さんはいつ話しても接し方が深沢さんなので、彼女は不本意かもしれないけれど僕はとても落ち着く。


 薬池さんがまた笑い、ねえ、と話を振ってくる。


『葉山君さ、ひまりから聞いたけど、普段から今みたいな感じで話してるの?』

「ええ。お互いこういう距離のほうが、話しやすいよね、と。……顔を合わせると、慌ててしまったり考えがまとまらない時がありますし。あと単純に、面と向かって話すのは疲れるというか」

『へええー』


 僕らの同居はあくまで建前、大人が決めたルールだ。

 それでもやむなく一緒に住むなら、自分達にとって一番都合のいいルールを作りましょう。そう考えて別居生活を僕から提案し、深沢さんもそれに乗ってくれたのが始まりだ。


「……まあ、ある意味ですごく、運が良かったです。深沢さんが相手で」

『うん。それは私も思う……かな』

『まーね。他人といると何かしら都合を押しつけられるからね。家族だからこう、友達なんだからそれくらい良いじゃん~って。いや、家族でも他人は他人でしょって思うんだけどさ』


 そう思わない人も多いんだよね、と、薬池さんらしくない、ちょっと斜めに構え声がして。


『でもこういう形なら自分の時間もあるし、いいんじゃない? 何なら、自分の部屋で全裸になっても文句言われないんだし。ひまりもじつは部屋で裸でごろごろスマホいじってたりしてない?』

『ちょっと、へ、変なこと言わないで……!』

『でもあたし全裸でパソコンに向かってシナリオ書いてるとめっちゃ滾るよ? 本能がぶわーって疼いてどーん、って感じあるよね。ひまりもやりなよ、その大きなものを包んでいる服を脱ぎ捨てて、全力でスクリプト組んだらもっと仕事早くなるかもよ? 来年は年収二百万くらい目指そ?』

『しないから……』


 ぺしぺし、と優しい物音がする。多分、深沢さんが薬池さんを叩いた音だろう。

 薬池さん、自分では人見知りと言ってたけど、会話のワードチョイスが軽いし、あんまり人に臆してる気配はないけどなあ。


 ……しかし、裸か。

 裸でか、とちょっとだけ男の性で考えてしまい、頭のなかで否定する。

 布団の中で薄着でいるのが心地良い気持ちは分からなくもないけれど、さすがに深沢さんにも礼節があるので、そんなことはしないだろう。

 にしても本当、この二人はあけすけなく話せるんだなぁ、と僕はつい微笑ましいものを見るように息をつき――


『えー。しないの? 本当はしてない?』

『……し、してないって』

『でもこの前ひまり、チャットで下着でならとか言ってなかった?』


 そこでぴたりと返事が途絶えた。


 ……。

 スマホ越しに沈黙が流れ、その”間”の意味を考えた僕は、いやまさか……?

 と余計なことを想像し、いやそれはない、否定しようと必死に妄想を追い払おうとして、


『ち、違うし。……春みたいに、裸まではしてないから……。下着までだから、多分セーフ、だし……』


 ……。ん?

 いま、なんて?


「…………」

『わー、いまの反応ガチっぽい』

『あっ!? ち、違くて――』


 深沢さんの悲鳴のあと、ぶつっと、いきなりスマホの通話がOFFになる。


 ……いや、その。


 僕はスマホを前に固まったまま頭を抱え、よりによって何でそのタイミングで通話を切るんだと唸った。

 せめて適当に誤魔化してくれれば、あ、冗談だよねいまの、と流せる話題だったのに。このタイミングで通話を切られたら、完全にガチなやつだと分かってしまうし言い訳が効かなくなる。


 とりあえず忘れよう。忘れるに限る。

 が、考えれば考えるほど耳に焼き付いた声は記憶から離れず、身体がぶわっと熱を持つのを自覚する。

 隣人に対してそんなことを考えてはいけない。御法度もいいところ。

 が、異性に対する免疫のなさと、年頃の男かつまだ世の中のことを何一つ知らない童貞野郎である僕にそこまで強固な理性があるはずもなく、どう応じていいか分からなくなる。


 ……ああ、まったく。

 次に顔を合わせた時、どんな表情をすればいいんだ。

 楽しいゲームの時間が一転、恥ずかしさのあまり悶々としていると、深沢さんから『なんか、ごめん』と謝罪のメッセージが届いた。


 そこは謝罪でなく誤魔化して欲しかった。

 謝られると事実と認定するしかなくなるし、とスマホを片手にベッドへ寝転んで。


 ……そうか……。

 深沢さん、たまに、下着でゴロゴロしてるのか……。


 言語化すると余計に恥ずかしくなった。

 そして友達相手ならこういうとき、別の家で、時間をおいて頭を冷やしたりできるけど。

 同居だとこういう時すごく困るなぁ……と。


 溜息をつき、けどいつまでも黙っている訳にはいかず、『大丈夫です、気にしませんので』と、気力だけで返事をして、また頭を抱えた。


 ……よく考えたら『気にしません』っていう言い方、めちゃくちゃ失礼なのでは……?

 いやでも『可愛いので大丈夫ですよ』っていうのも、変態チックな気もする。

 だからといって『先程の話について、今後の生活に影響しないよう双方で協議を行いきちんと落とし所を見つけましょう』と話を蒸し返すのも不自然すぎるっていうか言えるわけがない。恥の上塗りもいいところだ。


 悶々としたものを抱えながら、とりあえず一人でゲームの続きをした。

 こういう時は無心で単純作業をこなそう。

 瞑想、座禅のようなものだ、と先程まで遊んでいたゲームを一人用の高難度ステージに切り替え、コントローラーを握る。


 それでも恥ずかしさは拭えず、どうしたものか、と僕は一人で俯くしかないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る