たまになら、騒がしい日も楽しみたい(2)
「あ、きたきた。噂の同居人さん。こんにちはーっ。お邪魔しています、ひまりの友達の薬池春ですっ」
「こんにちは。葉山です。ゆっくりしていってください」
学校から帰宅するなり初顔合わせとなった深沢さんのご友人は、一言でいえば向日葵のように明るい女の子だった。
健康的そうなショートの薄茶髪に、にかっ、と白い歯を輝かせた眩しい笑顔。
五月にしては薄手のシャツに、運動性の高そうな緑のデニムを合わせた軽さは、いかにも元気っ娘という単語を頭に付けてもおつりが来そうな程に明るい。
僕が顔を見せるなりひょこっと立ち上がるフットワークの軽さだけで、持ち前のエネルギーがあふれそうなのが分かる。
とりあえず、僕は二人に手元の包みを渡した。
「良ければ、二人でどうぞ。ケーキ買ってきたので」
「いいんですか? ありがとうございますっ」
「葉山君……気を遣わなくても」
「気にしないで。学校帰りに寄っただけだから」
僕と深沢さんは個別に生活しているが、来客となれば話は別。
同居人として挨拶は必要だし、せっかく遠くから来たお客さんだ。
と、ぽん、と手を叩く薬池さん。
「あ、思い出した! ひまり、はいこれ。あたしもお土産買ってきたからみんなで食べてね。仙台名物、萩の月。中のカスタードクリームが美味しくてさぁ」
「……ねえ、春。萩の月って宮城よね? 大阪から来てなんで仙台土産なの?」
「お土産買い忘れたなーって新幹線でこっちについてから気づいて、お土産コーナー見てたら美味しそうだったから買ってきたのね」
「便利だけど、あとよく見たらこれ表に、かすたどん、って思いっきり書いてあるけど……」
かすたどんは確か鹿児島土産だったような。何にせよ大阪とは正反対だ。
初対面での決めつけはよくないが、この子ノリで生きてるのでは、とちょっと思ってしまう。
でも学校にいたら目立つし人気が出るタイプだろうなと眺めていると、薬池さんは深沢さんに渡した手土産を自分でをぱりぱりと剥がしはじめた。
お土産を自分で開ける人って珍しいなと笑いつつ、ひとつ、ありがたく頂いて。
「じゃあ僕は部屋に戻りますので。あとは二人でゆっくりしてください」
薬池さんは深沢さんの友達だ。
同居人とはいえ無関係な、それも男である僕が長居すると邪魔だろう。
と、自室に引っ込もうとしたところで鞄をぐっと掴まれた。
足を止めてゆるりと振り返れば、薬池さんがそれはもう眩しい笑顔でニコニコと僕を掴んでいらっしゃった。
「あーっと、葉山君、だったよね。一緒に遊ばない? お土産もあるし」
「ち、ちょっと春。葉山君に迷惑をかけないで……」
「そのために待ってたんだし。ね?」
「葉山君とはそういう関係じゃないって、説明したわよね……?」
「聞いてる聞いてる。けど相手を知るには一緒に何かをするのが一番早いっしょ?」
筋肉とはパワーだよ諸君、と言わんばかりにふふんと鼻息を鳴らす薬池さん。
すごい。深沢さんと正反対だ。
僕としてはむしろ、どうしてこの二人が仲良くなったのか気になってしまう。
「それにさ、葉山君。友達が来たので三人で遊びましたって話あると、”結婚法”レポートも書きやすいでしょ?」
付け加えられた話で、よく調べてるな、と密かに感心する。
”結婚法”には、じつは同居人との生活に関するレポート提出が義務づけられている。
同居により苦労した点。気づかされた点。改善点といった、いわゆる読書感想文的な美辞麗句を並べる提出物があり、今のところ僕が適当に空欄を埋めていたが、具体的なイベントがあると説得力があるのは事実だ。
同居人の友人が訪れ、新しい出会いと人を知ることができました、と。
まあ本音は、薬池さんが単に遊びたいだけだろうけど。
「だ、ダメ。春、葉山君に迷惑かけないで」
「深沢さん。僕は別に構わないよ」
「……ううん。こういうのは、きちんとしないと。それに女子二人と一緒って気まずいでしょ、葉山君も」
「まあ多少は」
僕だって同年代の子二人に挟まれてるシチュエーションに、思わないところがない訳でもない。
けど、ここまで誘われたのを無碍に断るのも失礼な気もする……。
「んー、じゃあこうしよう、葉山君。ひまりからちょろっと聞いたけど、普段は別で過ごしてるんだよね?」
「ええ、まあ」
「スマホでメッセージやり取りして、トラブルにならないようにって」
意外と内情を話してることに驚きつつ頷くと、薬池さんが人差し指を立てた。
「じゃあ今回もそうしよっか。あたしはひまりの部屋で遊ぶから、葉山君はそこにオンライン参加で、どう?」
「だから春、葉山君を無理に誘わないで……」
「ひまりの話は分かるけど、あたしは一緒に遊びたい。けどソファで三人で騒ぐと、ひまりが遠慮するし、葉山君も疲れる。なら、その間の案ってことでっ」
名案だと人差し指を立てる薬池さん。
相手の距離が近すぎると困惑する僕としては、全然アリだけど、でも。
「薬池さんは、それで気になりませんか」
「何が?」
「……普通、同居してるのに同じ部屋で遊ばないのって、不自然かなあと」
僕と深沢さんの二人だけなら、構わない。
お互いにそれが一番だと理解した上で、一人で過ごした方が楽だよね、と合意が取れているから。
けど、その契約が第三者から見て異質なものだというのも、理解している。
同居して、友達も来てるのに三人一緒で遊ばないなんて“普通”じゃない。
”常識”、無いんじゃないの?
訝しまれて当然だし、否定されるのもやむなしだろう、と考えるのはごく普通のこと――
「まぁ普通じゃないとは思うけど、いいじゃんべつに。あたしも含めて、全員がそれで良いって言うならさ」
「……いい、ですか」
「うん。あたしの都合に全部合わせて、ひまりや葉山君に我慢させてたらそれもう友達じゃないっしょ? 友達ってのは意見が違ってもそこそこすり合わせできたり、いい感じにまとめられるから友達なんだし」
まーそう言いつつよく喧嘩にもなるけど、と笑う薬池さん。
確かに、相手に無理を強いる関係を、友達とは呼ばない。
そして薬池さんは間違いなく、深沢さんの友達だなとも思う。
と、感心してる前で、薬池さんの肘を深沢さんがそっといた。
「ねえ、春」
「なに? ひまり。格好いいあたしに惚れなおしちゃった?」
「今すごくいいこと言った風だけど、葉山君を無理やり遊びに誘ってることには変わりないんだけど……」
「そこかぁ~」
「あと無理強いしてるって意味なら、今日いきなり来たのも、私困るんだけど……」
「そこもかぁ~。でもさ? ひまりに予定聞くと『今はちょっと』ばっかなんだよね」
「うぐぅ」
「ひまりは毎日べったりは絶対嫌だけど、たまにケツ叩いてあげないといつまでも進まないからさ。いいじゃんね、こういうのも」
「春、お願いだから葉山君の前で、ケツとか言わないで……」
赤面してしおれる深沢さんに、お祭りみたいなもんだよ、とけらけら笑う薬池さん。
不思議な組み合わせだけど、でも深沢さんも本気で嫌がっているわけではなさそうなのを見るに、本当に仲がいいんだろうな。
深沢さんにそういう友達がいてよかった、とちょっと保護者のような感想を抱きつつ、挨拶をして部屋に戻る。
まあ、毎日騒がしいのは困るけど。
中間試験も終わったこのタイミングなら、少しくらい良いかな、と僕は制服のネクタイを緩めつつ息をついた。
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